立って彼女がどんなに心を痛めたか、それを彼は夢にも知らなかった。
幼い眼の中に蓄えられてる驚くべき涙の量を、最後の一滴まで流しつくした後に、彼は少し気分がやわらいだ。彼は疲れていた。しかし神経があまり緊張していてよく眠れなかった。半ばうとうとしていると、先刻の種々な面影が浮かび出てきた。とくによく見えてきたのは、あの女の子であって、その輝いてる眼、人を軽んずるようにぴんとはね上がってる小さな鼻、肩に垂れてる髪の毛、露《あら》わな脛《すね》、子供らしいまた勿体《もったい》ぶった言葉つき、などまではっきり浮かんできた。彼はその声がまた聞えるような気がして身を震わした。彼女にたいしてどんなに自分が馬鹿げていたかを思い起こした。そして荒々しい憎悪を感じた。辱《はずか》しめられたことが許せなかった。そしてこんどは向うを辱しめてやろうと、彼女を泣かしてやろうと、たまらない願望に駆られた。彼はその方法を種々考えたが、一つも思いつかなかった。彼女がいつか自分に注意を向けようとは、どこから見ても考えられなかった。しかし心を安めるために、彼は万事が願いどおりになるものと仮定した。で彼は、自分がたいへん強いりっぱな者になったこととし、同時に、彼女が自分に恋をしてるときめた。そして彼は例の荒唐無稽《こうとうむけい》な話を一つみずから語り始めた。彼はついにそういう話を、現実よりももっと実際なことのように考えてるのだった。
彼女は恋々《れんれん》の情にたまらなくなっていた。しかし彼は彼女を軽蔑《けいべつ》していた。彼がその家の前を通ると、彼女は窓掛の後ろに隠れて彼が通るのを眺めた。彼は見られてることを知っていたが、それを気にも止めないふりをして、快活に口をきいていた。それからまた彼女の悶《もだ》えを増させるために、彼は故国を去って遠くへ旅した。彼は大きな手柄をたてた。――このところで彼は、祖父の武勇|譚《だん》から取って来たいくつかの条《くだり》を自分の話に織り込んだ。――彼女はその間に、悶々《もんもん》のあまりに病気になった。彼女の母親が、あの傲慢《ごうまん》な夫人が、彼のところへ来て懇願した。「私のかわいそうな娘は死にかかっています。お願いですから、来てください!」彼は行ってやった。彼女は寝ついていた。顔は蒼《あお》ざめて肉が落ちていた。彼女は彼に両腕を差出した。口をきくことはできなか
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