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「キーウィット、キーウィット、何《なん》と、綺麗《きれい》な鳥《とり》でしょう!」
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と歌《うた》うと、その一人《ひとり》も、とうとう仕事《しごと》を止《や》めました。そしてこの男《おとこ》は、最後《おしまい》だけしか聞《き》かなかった。
「鳥《とり》や、」とその男《おとこ》が言《い》った。「何《なん》て好《い》い声《こえ》で歌《うた》うんだ! おれにも、初《はじめ》から聞《き》かしてくれ。もう一|遍《ぺん》、歌《うた》ってくれ。」
「いやいや、」と鳥《とり》が言《い》った。「ただじゃア、二|度《ど》は、歌《うた》いません。それとも、その石臼《いしうす》を下《くだ》さるなら、もう一|度《ど》、歌《うた》いましょう。」
「いかにも、」とその男《おとこ》が言《い》った。「これがおれ一人《ひとり》の物《もの》だったら、お前《まえ》にやるんだがなア。」
「いいとも、」と他《ほか》の者《もの》が言《い》った。「もう一|遍《ぺん》、歌《うた》うなら、やってもいいよ。」
 すると鳥《とり》は降《お》りて来《き》たので、二十|人《にん》の粉《こな》ひき男《おとこ》は、総《そう》ががかりで、「ヨイショ、ヨイショ!」と棒《ぼう》でもって石臼《いしうす》を高《たか》く挙《あ》げました。鳥《とり》は真中《まんなか》の孔《あな》へ頭《あたま》を突込《つきこ》んで、まるでカラーのように、石臼《いしうす》を頸《くび》へはめ、又《また》木《き》の上《うえ》へ飛上《とびあが》って、歌《うた》い出《だ》しました。
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「母《かあ》さんが、わたしを殺《ころ》した、
 父《とう》さんが、わたしを食《た》べた、
 妹《いもうと》のマリちゃんが、
 わたしの骨《ほね》をのこらず拾《ひろ》って、
 手巾《はんけち》に包《つつ》んで、
 杜松《ねず》の樹《き》の根元《ねもと》へ置《お》いた。
 キーウィット[#「キーウィット」は底本では「キイウィット」]、キーウィット、何《なん》と、綺麗《きれい》な鳥《とり》でしょう!」
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 歌《うた》ってしまうと、鳥《とり》は羽《はね》を拡《ひろ》げて、右《みぎ》の趾《あし》には、鎖《くさり》を持《も》ち、左《ひだり》の爪《つめ》には、靴《くつ》を持《も》ち、頸《くび》のまわりには、石臼《いしうす》をはめて、お父《とう》さんの家《うち》の方《ほう》へ飛《と》んで行《ゆ》きました。
 居間《いま》の中《なか》では、お父《とう》さんとお母《かあ》さんとマリちゃんが、食卓《テーブル》の前《まえ》に坐《すわ》っていました。その時《とき》、お父《とう》さんはこう言《い》いました。
「おれは胸《むね》が軽《かる》くなったようで、大変《たいへん》好《い》い気持《きもち》だ!」
「否《いいえ》、」とお母《かあ》さんが言《い》った。「わたしは胸《むね》がどきどきして、まるで暴風《あらし》でも来《く》る前《まえ》のようですわ。」
 けれどもマリちゃんはじっと坐《すわ》って、泣《ない》ていました。すると鳥《とり》が飛《と》んで来《き》て、家根《やね》の上《うえ》へ棲《とま》った。
「ああ、」とお父《とう》さんが言《い》った。「おれは嬉《うれ》しくって、仕方《しかた》がない。まるでこう、日《ひ》がぱーッと射《さ》してでも居《い》るような気持《きもち》だ。まるで久《ひさ》しく逢《あ》わない友達《ともだち》にでも逢《あ》う前《まえ》のようだ。」
「否《いいえ》、」とお母《かあ》さんが言《い》った。「わたしは胸《むね》が苦《くる》しくって、歯《は》がガチガチする。それで脈《みゃく》の中《なか》では、火《ひ》が燃《も》えているようですわ。」
そういって、おかみさんは衣服《きもの》の胸《むね》を、ぐいぐいとひろげました。
 マリちゃんは隅《すみ》ッこへ坐《すわ》って、お皿《さら》を膝《ひざ》の上《うえ》へおいて、泣《な》いていたが、前《まえ》にあるお皿《さら》は、涙《なみだ》で一ぱいになるくらいでした。
 その時《とき》、鳥《とり》は杜松《ねず》の木《き》へ棲《と》まって、歌《うた》い出《だ》しました。
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「母《かあ》さんが、わたしを殺《ころ》した、」
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 母親《ははおや》は耳《みみ》を塞《ふさ》ぎ、眼《め》を隠《かく》して、見《み》たり、聞《き》いたり、しないようにしていたが、それでも、耳《みみ》の中《なか》では、恐《おそ》ろしい暴風《あらし》の音《おと》が響《ひび》き、眼《め》の中《なか》では、まるで電光《いなびかり》のように、燃《も》えたり、光《ひか》ったりしていました。
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「父《とう》さんが、わたしを食《た》べた、」
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「おお、母《かあ》さんや、」とお父《とう》さんが言《い》った。「あすこに、綺麗《きれい》な鳥《とり》が、好《い》い声《こえ》で鳴《な》いているよ。日《ひ》がぽかぽかと射《さ》して、何《なに》もかも、肉桂《にくけい》のような甘《あま》い香気《かおり》がする。」
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「妹《いもうと》のマリちゃんが、」
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と歌《うた》うと、マリちゃんは急《きゅう》に顔《かお》をあげて、泣《な》くのをやめました。お父《とう》さんは
「おれはそばへ行って、あの鳥《とり》を、ようく見《み》て来《く》る。」というと、
「あれ、およしなさいよ!」とおかみさんが言《い》った。「わたしはまるで家《うち》じゅうに火《ひ》がついて、ぐらぐらゆすぶれてるような気《き》がするわ。」
 けれどもお父《とう》さんは出《で》て行《い》って、鳥《とり》を眺《なが》めました。
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「わたしの骨《ほね》をのこらず拾《ひろ》って、
 手巾《はんけち》に包《つつ》んで、
 杜松《ねず》の樹《き》の根元《ねもと》へ置《お》いた。
 キーウィット、キーウィット、何《なん》と、綺麗《きれい》な鳥《とり》でしょう!」
[#ここで字下げ終わり]
こう歌《うた》うと、鳥《とり》は黄金《きん》の鎖《くさり》を、お父《とう》さんの頸《くび》のうえへ落《おと》しました。その鎖《くさり》はすっぽりと頸《くび》へかかって、お父《とう》さんによく似合《にあ》いました。お父《とう》さんは家《うち》へ入《はい》って、
「ねえ! とても美《うつく》しい鳥《とり》だよ。そしてこんな奇麗《きれい》な、黄金《きん》の鎖《くさり》を、わたしにくれたよ。どうだい、立派《りっぱ》じゃないか。」
といいましたが、おかみさんはもう胸《むね》が苦《くる》しくって堪《たま》らないので、部屋《へや》の中《なか》へぶっ倒《たお》れた拍子《ひょうし》に、帽子《ぼうし》が脱《ぬ》げてしまいました。すると鳥《とり》がまた歌《うた》い出《だ》しました。
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「母《かあ》さんが、わたしを殺《ころ》した、」
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「おお、」と母親《ははおや》は呻《うめ》いた。「わたしは千|丈《じょう》もある地《じ》の底《そこ》へでも入《はい》っていたい。あれを聞《き》かされちゃア、とても堪《たま》らない。」
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「父《とう》さんが、わたしを食《た》べた、」
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というと、おかみさんは、まるで死《し》んだように、ばったりと倒《たお》れました。
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「妹《いもうと》のマリちゃんが、」
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「ああ、」とマリちゃんが言《い》った。「わたしも行《い》って見《み》ましょう。鳥《とり》が何《なに》かくれるかどうだか、出《で》て見《み》るわ!」
そう言《い》って、外《そと》へ出《で》ました。
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「わたしの骨《ほね》をのこらず拾《ひろ》って、
 手巾《はんけち》へ包《つつ》んで、」
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と言《い》って、鳥《とり》は靴《くつ》を妹《いもうと》の上《うえ》へ落《おと》しました。
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「杜松《ねず》の樹《き》の根元《ねもと》へ置《お》いた。
 キーウィット、キーウィット、何《なん》と、綺麗《きれい》な鳥《とり》でしょう!」
[#ここで字下げ終わり]
と歌《うた》うと、マリちゃんも忽《たちま》ち、軽《かる》い、楽《たの》しい気分《きぶん》になり、赤《あか》い靴《くつ》を穿《は》いて、踊《おど》りながら、家《うち》の中《なか》へ跳込《とびこ》んで来《き》ました。
「ああ、」とマリちゃんが言《い》った。「わたしは、戸外《おもて》へ出《で》るまでは、悲《かな》しかったが、もうすっかり胸《むね》が軽《かる》くなった! あれは気前《きまえ》のいい鳥《とり》だわ、わたしに赤《あか》い靴《くつ》をくれたりして。」
「いいえ、」といって、お母《かあ》さんは跳《は》ね起《お》きると、髪《かみ》の毛《け》を焔《ほのお》のように逆立《さかだ》てながら、「世界《せかい》が沈《しず》んで行《ゆ》くような気《き》がする。気《き》が軽《かる》くなるかどうだか、あたしも出《で》て見《み》ましょう。」
 そう言《い》って、扉口《とぐち》を出《で》る拍子《ひょうし》に、ドシーン! と鳥《とり》が石臼《いしうす》を頭《あたま》の上《うえ》へ落《おと》したので、おかあさんはぺしゃんこに潰《つぶ》れてしまいました。その音《おと》をきいて、お父《とう》さんと娘《むすめ》が、内《うち》から跳出《とびだ》して見《み》ると、扉《と》の前《まえ》には、一|面《めん》に、煙《けむり》と焔《ほのお》と火《ひ》が立《た》ちのぼって居《い》ましたが、それが消《き》えてしまうと、その跡《あと》に、小《ちい》さな兄《にい》さんが立《た》っていました。兄《にい》さんはお父《とう》さんとマリちゃんの手《て》をとって、みんなそろって、喜《よろこ》び勇《いさ》んで、家《うち》へ入《はい》り、食卓《テーブル》の前《まえ》へ坐《すわ》って、一しょに食事《しょくじ》をいたしました。



底本:「グリム童話集」冨山房
   1938(昭和13)年12月12日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
入力:大久保ゆう
校正:鈴木厚司
2005年4月1日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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