、血《ち》のように赤《あか》く、雪《ゆき》のように白《しろ》い男《おとこ》の子《こ》でした。おかみさんは自分《じぶん》の娘《むすめ》を見《み》ると、可愛《かわゆ》くって、可愛《かわゆ》くって、たまらないほどでしたが、この小《ちい》さな男《おとこ》の子《こ》を見《み》るたんびに、いやな気持《きもち》になりました。どうかして夫《おっと》の財産《ざいさん》を残《のこ》らず自分《じぶん》の娘《むすめ》にやりたいものだが、それには、この男《おとこ》の子《こ》が邪魔《じゃま》になる、というような考《かんが》えが、始終《しじゅう》女《おんな》の心《こころ》をはなれませんでした。それでおかみさんは、だんだん鬼《おに》のような心《こころ》になって、いつもこの子《こ》を目《め》の敵《かたき》にして、打《ぶ》ったり、敲《たた》いたり、家中《うちじゅう》を追廻《おいまわ》したりするので、かわいそうな小児《こども》は、始終《しょっちゅう》びくびくして、学校《がっこう》から帰《かえ》っても、家《うち》にはおちついていられないくらいでした。
 或《あ》る時《とき》、おかみさんが、二|階《かい》の小部屋《こべや》へはいっていると、女《おんな》の子《こ》もついて来《き》て、こう言《い》いました。
「母《かあ》さん、林檎《りんご》を頂戴《ちょうだい》。」
「あいよ。」とおかあさんが言《い》って、函《はこ》の中《なか》から美麗《きれい》な林檎《りんご》を出《だ》して、女《おんな》の子《こ》にやりました。その函《はこ》には大《おお》きな、重《おも》い蓋《ふた》と頑固《がんこ》な鉄《てつ》の錠《じょう》が、ついていました。
「母《かあ》さん、」と女《おんな》の子《こ》が言《い》った。「兄《にい》さんにも、一つあげないこと?」
 おかあさんは機嫌《きげん》をわるくしたが、それでも何気《なにげ》なしに、こういいました。
「あいよ、学校《がっこう》から帰《かえ》って来《き》たらね。」
 そして男《おとこ》の子《こ》が帰《かえ》って来《く》るのを窓《まど》から見《み》ると、急《きゅう》に悪魔《あくま》が心《こころ》の中《なか》へはいってでも来《き》たように、女《おんな》の子《こ》の持《も》っている林檎《りんご》をひったくって、
「兄《にい》さんより先《さき》に食《た》べるんじゃない。」
と言《い》いながら、林檎《りんご》を函《はこ》の中《なか》へ投込《なげこ》んで、蓋《ふた》をしてしまいました。
 そこへ男《おとこ》の子《こ》が帰《かえ》って来《き》て、扉《と》の所《ところ》まで来《く》ると、悪魔《あくま》のついた継母《ままはは》は、わざと優《やさ》しい声《こえ》で、
「坊《ぼう》や、林檎《りんご》をあげようか?」といって、じろりと男《おとこ》の子《こ》の顔《かお》を見《み》ました。
「母《かあ》さん、」と男《おとこ》の子《こ》が言《い》った。「何《なん》て顔《かお》してるの! ええ、林檎《りんご》を下《くだ》さい。」
「じゃア、一しょにおいで!」といって、継母《ままはは》は部屋《へや》へはいって、函《はこ》の蓋《ふた》を持上《もちあげ》げながら、「さア自分《じぶん》で一個《ひとつ》お取《と》りなさい。」
 こういわれて、男《おとこ》の子《こ》が函《はこ》の中《なか》へ頭《あたま》を突込《つっこ》んだ途端《とたん》に、ガタンと蓋《ふた》を落《おと》したので、小児《こども》の頭《あたま》はころりととれて、赤《あか》い林檎《りんご》の中《なか》へ落《お》ちました。それを見《み》ると、継母《ままはは》は急《きゅう》に恐《おそ》ろしくなって、「どうしたら、脱《のが》れられるだろう?」と思《おも》いました。そこで継母《ままはは》は、自分《じぶん》の居室《いま》にある箪笥《たんす》のところに行《い》って、手近《てぢか》の抽斗《ひきだし》から、白《しろ》い手巾《はんけち》を出《だ》して来《き》て、頭《あたま》を頸《くび》に密着《くっつ》けた上《うえ》を、ぐるぐると巻《ま》いて、傷《きず》の分《わか》らないようにし、そして手《て》へ林檎《りんご》を持《も》たせて、男《おとこ》の子《こ》を入口《いりぐち》の椅子《いす》の上《うえ》へ坐《すわ》らせておきました。
 間《ま》もなく、女《おんな》の子《こ》のマリちゃんが、今《いま》ちょうど、台所《だいどころ》で、炉《ろ》の前《まえ》に立《た》って、沸立《にえた》った鍋《なべ》をかき廻《まわ》しているお母《かあ》さんのそばへ来《き》ました。
「母《かあ》さん、」とマリちゃんが言《い》った。「兄《にい》さんは扉《と》の前《まえ》に坐《すわ》って、真白《まっしろ》なお顔《かお》をして、林檎《りんご》を手《て》に持《も》っているのよ。わたしがその林檎《りん
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