襯衣《シャツ》のまんまで、戸外《そと》へ駈出《かけだ》して、眼《め》の上《うえ》へ手《て》を翳《かざ》して、家根《やね》の上《うえ》を眺《なが》めました。
「鳥《とり》や、」と靴屋《くつや》が言《い》った。「何《なん》て好《い》い声《こえ》で歌《うた》うんだ!」
そう言《い》って、家《うち》の中《なか》へ声《こえ》をかけました。
「女房《にょうぼう》や、ちょいと来《き》なよ、鳥《とり》が居《い》るから。ちょいとあの鳥《とり》を見《み》な! いい声《こえ》でうたうから。」
 それから娘《むすめ》だの、子供《こども》たちだの、職人《しょくにん》だの、小僧《こぞう》だの、女中《じょちゅう》だのを呼《よ》びましたので、みんな往来《おうらい》へ出《で》て、鳥《とり》を眺《なが》めました。鳥《とり》は赤《あか》と緑《みどり》の羽《はね》をして、咽《のど》のまわりには、黄金《きん》を纒《まと》い、二つの眼《め》を星《ほし》のようにきらきら光《ひか》らせておりました。それはほんとうに美事《みごと》なものでした。
「鳥《とり》や、」と靴屋《くつや》が言《い》った。「もう一|度《ど》、あの歌《うた》を歌《うた》って見《み》な。」
「いえいえ、」と鳥《とり》が言《い》った。「ただじゃア、二|度《ど》は、歌《うた》いません。それとも何《なに》かくれますか。」
「女房《にょうぼう》や、」と靴屋《くつや》が言《い》った。「店《みせ》へ行《い》って、一|番《ばん》上《うえ》の棚《たな》に、赤靴《あかぐつ》が一|足《そく》あるから、あれを持《も》って来《き》な。」
 そこで、おかみさんは行《い》って、その靴《くつ》を持《も》って来《き》ました。
「さア、鳥《とり》や、」と靴屋《くつや》が言《い》った。「もう一|度《ど》、あの歌《うた》を歌《うた》って見《み》な。」
 すると鳥《とり》はおりて来《き》て、左《ひだり》の爪《つめ》で靴《くつ》を受取《うけと》ると、又《また》家根《やね》へ飛《と》んで行《い》って、歌《うた》い出《だ》しました。
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「母《かあ》さんが、わたしを殺《ころ》した、
 父《とう》さんが、わたしを食《た》べた、
 妹《いもうと》のマリちゃんが、
 わたしの骨《ほね》をのこらず拾《ひろ》って、
 手巾《はんけち》に包《つつ》んで、
 杜松《ねず》の樹《き》の根元《ねもと》へ置《お》いた。
 キーウィット、キーウィット、何《なん》と、綺麗《きれい》な鳥《とり》でしょう!」
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 歌《うた》ってしまうと、鳥《とり》はまた飛《と》んで行《ゆ》きました。右《みぎ》の趾《あし》には鎖《くさり》を持《も》ち、左《ひだり》の爪《つめ》に靴《くつ》を持《も》って、水車小舎《すいしゃごや》の方《ほう》へ飛《と》んで行《ゆ》きました。
水車《すいしゃ》は、「カタン―コトン、カタン―コトン、カタン―コトン。」と廻《まわ》っていました。小舎《こや》の中《なか》には、二十|人《にん》の粉《こな》ひき男《おとこ》が、臼《うす》の目《め》を刻《き》って居《い》ました。
「カタン―コトン、カタン―コトン、カタン―コトン」と水車《すいしゃ》の廻《まわ》る間《あいだ》に、粉《こな》ひき男《おとこ》は、「コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ」と臼《うす》の目《め》を刻《き》って居《い》た。
 鳥《とり》は水車小舎《すいしゃごや》の前《まえ》にある菩提樹《ぼだいじゅ》の上《うえ》へ棲《とま》って、歌《うた》い出《だ》しました。
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「母《かあ》さんが、わたしを殺《ころ》した、」
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と歌《うた》うと、一人《ひとり》が耳《みみ》を立《た》てました。
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「父《とう》さんが、わたしを食《た》べた、」
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と言《い》うと、また二人《ふたり》が耳《みみ》を立《た》てて、聞《き》き入《い》りました。
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「妹《いもうと》のマリちゃんが、」
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と歌《うた》うと、また四|人《にん》が耳《みみ》を立《た》てました。
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「わたしの骨《ほね》をのこらず拾《ひろ》って、
 手巾《はんけち》に包《つつ》んで、」
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と言《い》った時《とき》には、臼《うす》を刻《き》っている者《もの》は、八|人《にん》ぎりになりました。
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「杜松《ねず》の樹《き》の」
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と歌《うた》うと、もう五|人《にん》ぎりになりました。
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「根元《ねもと》へ置《お》いた。」
[#ここで字下げ終わり]
と言《い》うと、もう一人《ひとり》ぎりになりました。
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