杜松の樹
グリム
中島孤島訳

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)大昔《おおむかし》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)二千|年《ねん》も

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#ここから割り注]
−−

 むかしむかし大昔《おおむかし》、今《いま》から二千|年《ねん》も前《まえ》のこと、一人《ひとり》の金持《かねも》ちがあって、美《うつ》くしい、気立《きだて》の善《い》い、おかみさんを持《も》って居《い》ました。この夫婦《ふうふ》は大層《たいそう》仲《なか》が好《よ》かったが、小児《こども》がないので、どうかして一人《ひとり》ほしいと思《おも》い、おかみさんは、夜《よる》も、昼《ひる》も、一|心《しん》に、小児《こども》の授《さず》かりますようにと祈《いの》っておりましたが、どうしても出来《でき》ませんでした。
 さてこの夫婦《ふうふ》の家《うち》の前《まえ》の庭《にわ》に、一|本《ぽん》の杜松《としょう》がありました。或《あ》る日《ひ》、冬《ふゆ》のことでしたが、おかみさんはこの樹《き》の下《した》で、林檎《りんご》の皮《かわ》を剥《む》いていました。剥《む》いてゆくうちに、指《ゆび》を切《き》ったので、雪《ゆき》の上《うえ》へ血《ち》がたれました。([#ここから割り注]*(註)杜松は檜類の喬木で、一に「ねず」又は「むろ」ともいいます[#ここで割り注終わり])
「ああ、」と女《おんな》は深《ふか》い嘆息《ためいき》を吐《つ》いて、目《め》の前《まえ》の血《ち》を眺《なが》めているうちに、急《きゅう》に心細《こころぼそ》くなって、こう言《い》った。「血《ち》のように赤《あか》く、雪《ゆき》のように白《しろ》い小児《こども》が、ひとりあったらねい!」
言《い》ってしまうと、女《おんな》の胸《むね》は急《きゅう》に軽《かる》くなりました。そして確《たし》かに自分《じぶん》の願《ねがい》がとどいたような気《き》がしました。女《おんな》は家《うち》へ入《はい》りました。それから一|月《つき》経《た》つと、雪《ゆき》が消《き》えました。二|月《つき》すると、色々《いろいろ》な物《もの》が青《あお》くなりました。三|月《つき》すると、地《じ》の中《なか》から花《はな》が咲《さ》きました。四|月《つき》する
次へ
全15ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
グリム ヤーコプ・ルードヴィッヒ・カール の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング