ンゼルは、小さい妹をいたわりながら、
「グレーテル、まあ待っておいでよ。お月さまが出るまでね。お月さまが出りゃあ、こぼしておいてパンくずも見えるし、それをさがして行けば、うちへかえれるんだよ。」と、いいました。
 お月さまが上がったので、ふたりは出かけました。けれど、パンくずは、もうどこにも見あたりません。それは、森や野をとびまわっている、なん千ともしれない鳥たちが、みんなつついてもって行ってしまったのです。それでも、ヘンゼルはグレーテルに、
「なあにそのうち、道がみつかるよ。」と、いっていましたが、やはり、みつかりませんでした。夜中じゅうあるきとおして、あくる日も朝から晩まであるきました。それでも、森のそとに出ることができませんでした。それになにしろ、おなかがすいてたまりませんでした。地びたに出ていた、くさいちごの実を、ほんのふたつ三つ口にしただけでしたものね。それで、もうくたびれきって、どうにも足が進まなくなったので、一本の木の下にごろりとなると、そのままぐっすり寝こんでしまいました。

         二

 こんなことで、ふたりおとっつぁんの小屋を出てから、もう三日めの朝になりました。ふたりは、また、とぼとぼあるきだしました。けれど、行くほど森は、ふかくばかりなって来て、ここらでたれか助けに来てくれなかったら、ふたりはこれなりよわりきって、倒《たお》れるほかないところでした。
 すると、ちょうどおひるごろでした。雪のように白いきれいな鳥が、一本の木の枝にとまって、とてもいい声でうたっていました。あまりいい声なので、ふたりはつい立ちどまって、うっとり聞いていました。そのうち、歌をやめて小鳥は羽ばたきをすると、ふたりの行くほうへ、とび立って行きました。ふたりもその鳥の行くほうへついて行きました。すると、かわいいこやの前に出ました。そのこやの屋根に、小鳥はとまりました。ふたりがこやのすぐそばまで行ってみますと、まあこのかわいいこやは、パンでできていて、屋根はお菓子《かし》でふいてありました。おまけに、窓はぴかぴかするお砂糖《さとう》でした。
「さあ、ぼくたち、あすこにむかって行こう。」と、ヘンゼルがいいました。「けっこうなおひるだ。かまわない、たんとごちそうになろうよ。ぼくは、屋根をひとかけかじるよ。グレーテル、おまえは窓のをたべるといいや。ありゃあ、あまいよ。」
 ヘンゼルはうんと高く手をのばして、屋根をすこしかいて、どんな味がするか、ためしてみました。すると、グレーテルは、窓ガラスにからだをつけて、ぼりぼりかじりかけました。そのとき、おへやの中から、きれいな声でとがめました。

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「もりもり がりがり かじるぞ かじるぞ。
わたしのこやを かじるな だれだぞ。」
[#ここで字下げ終わり]

 子どもたちは、そのとき、

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「かぜ かぜ
そうらの 子。」
[#ここで字下げ終わり]

と、こたえました。そして、へいきでたべていました。ヘンゼルは屋根が、とてもおいしかったので、大きなやつを、一枚、そっくりめくってもって来ました。グレーテルは、まるい窓ガラスを、そっくりはずして、その前にすわりこんで、ゆっくりやりはじめました。そのとき、ふいと戸があいて、化けそうに年とったばあさんが、しゅもく杖にすがって、よちよち出て来ました。ヘンゼルもグレーテルも、これにはしたたかおどろいたものですから、せっかく両手にかかえたものを、ぽろりとおとしました。ばあさんは、でも、あたまをゆすぶりゆすぶり、こういいました。
「やれやれ、かわいいこどもたちや、だれにつれられてここまで来たかの。さあさあ、はいって、ゆっくりお休み、なんにもされやせんからの。」
 こういって、ばあさんはふたりの手をつかまえて、こやの中につれこみました。
 中にはいると、牛乳《ぎゅうにゅう》だの、お砂糖《さとう》のかかった、焼きまんじゅうだの、りんごだの、くるみだの、おいしそうなごちそうが、テーブルにならばりました。ごちそうのあとでは、かわいいきれいなベッドふたつに、白いきれがかかっていました。ヘンゼルとグレーテルとは、その中にごろりとなって、天国にでも来ているような気がしていました。
 このばあさんは、ほんのうわべだけ、こんなにしんせつらしくしてみせましたが、ほんとうは、わるい魔女《まじょ》で、こどもたちのくるのを知って、パンのおうちなんかこしらえて、だましておびきよせたのです。ですから、こどもがひとり、手のうちに入《はい》ったがさいご、さっそくころして、にてたべて、それがばあさんのなによりうれしいお祝い日になるというわけでした。魔女は、赤い目をしていて、遠目《とおめ》のきかないものなのですが、そのかわり、けもののように鼻ききで、人間が寄《よ》ってきたのを、すぐとかぎつけます。それで、ヘンゼルとグレーテルが近くへやってくると、ばあさんはさっそく、たちのわるい笑い方をして、
「よし、つかまえたぞ、もうにげようったって、にがすものかい。」と、さもにくてらしくいいました。
 そのあくる朝もう早く、こどもたちがまだ目をさまさないうちから、ばあさんはおきだして来て、ふたりともそれはもう、まっ赤《か》にふくれたほっぺたをして、すやすやと、いかにもかわいらしい姿で休んでいるところへ来て、
「こいつら、とんだごちそうさね。」と、つぶやきました。
 そこで、ばあさんは、やせがれた手でヘンゼルをつかむと、そのまま小さな犬ごやへはこんで行って、ぴっしゃり格子戸《こうしど》をしめきってしまいました。ですからヘンゼルが、中でいくらわめきたいだけわめいてみせても、なんのやくにもたちません。それから、ばあさんは、またグレーテルの所へ出かけて、むりにゆすぶりおこしました。そうして、
「このなまけもの、さあおきて、水をくんで来て、にいさんに、なんでもおいしそうなものを、こしらえてやるんだ。そとの犬ごやに入れてあるからの、せいぜいあぶらぶとりにふとらせなきゃ。だいぶ、あぶらののったところで、おばあさんがたべるのだからな。」と、わめきました。
 こうきいて、グレーテルは、わあっと、はげしく泣き立てました。けれどなにをしたってむだでした。このたちのわるい魔女のいいなりほうだい、どんなことでも、グレーテルはしなければなりませんでした。
 こんなしだいで、きのどくに、たべられるヘンゼルには、いちばん上等なお料理がつきました。そのかわり、グレーテルには、ザリガニのこうらが、わたったばかりでした。
 まい朝まい朝、ばあさんは犬ごやへ出かけて行って、
「どうだな、ヘンゼル、指をだしておみせ。そろそろあぶらがのって来たかどうだか、みてやるから。」と、わめきました。
 すると、ヘンゼルはたべあましのほそっこい骨を、一本かわりに出しました。ところで、ばあさんはかすみ目しているものですから、見わけがつかず、それをヘンゼルの指だとおもって、どうしてヘンゼルにあぶらがのってこないか、ふしぎでなりませんでした。
 さて、それから、かれこれひと月たちましたが、あいかわらずヘンゼルは、やせこけたままでした。それで、ばあさんも、とうとうしびれをきらして、もうこの上待ちきれないとおもいました。
「やいやい、グレーテル。」と、ばあさんは妹の子にむかってわめきたてました。「さあ、さっさといって、水をくんでくるのだ。ヘンゼルのこぞうめ、もうふとっていようが、やせていようが、なにがなんだって、あしたこそ、あいつ、ぶっちめて、にてくっちまうんだからな。」
 やれやれ、どうしましょう。かわいそうに、この妹の子は、むりやり水をくまされながら、どんなにはげしく泣きじゃくったことでしょう。
「神さま、どうぞお助けくださいまし。」この子はさけび声をあげました。「いっそ森の中で、もうじゅうにくわれたほうが、よかったわ。それだと、かえってふたりいっしょに死ねたのだもの。」
「やかましいぞ、このがきゃあ。」と、ばあさんはいいました。「泣いたってわめいたって、なんにもなりゃあしないぞ。」
 あくる日は、朝っぱらから、グレーテルはそとへ出て、水をいっぱいはった大|鍋《なべ》をつるして、火をもしつけなければなりませんでした。
「パンからさきにやくんだ。」と、ばあさんはいいました。「パンやきかまどはもう火がはいっているし、ねり粉もこねてあるしの。」
 こういって、ばあさんは、かわいそうなグレーテルを、パンやきかまどの方へ、ひどくつきとばしました。かまどからは、もうちょろちょろ、ほのおが赤い舌を出していました。
「なかへ、はいこんでみなよ。」と、魔女はいいました。「火がよくまわっているか見るんだ。よければそろそろパンを入れるからな。」
 これで、もし、グレーテルがなかにはいれば、ばあさん、すぐとかまどのふたをしめてしまうつもりでした。すると、グレーテルは中で、こんがりあぶられてしまうところでした。そこで、これもついでにもりもりやってしまうつもりだったのです。でも、グレーテルは、いちはやく、ばあさんのはらの中を見てとりました。そこで、
「あたし、わからないわ、どうしたらいいんだか。中へはいるって、どういうふうにするの。」と、いいました。
「ばか、このくそがちょう[#「がちょう」に傍点]。」と、ばあさんはいいました。
「口はこんなに大きいじゃないか、目をあいてよくみろよ。このとおり、おばあさんだってそっくりはいれらあな。」
 こう言い言い、やっこら、はうようにあるいて来て、パンやきかまどの中に、首をつっこみました。ここぞと、グレーテルはひとつき、うしろからどんとつきました。はずみで、ばあさんは、かまどの中へころげこみました。すぐ、鉄の戸をぴしんとしめて、かんぬきをかってしまいました。うおッ、うおッ、ばあさんはとてもすごい声でほえたけりました。グレーテルはかまわずかけだしました。こうして、罰《ばち》あたりな魔女は、あわれなざまに焼けただれて死にました。
 グレーテルは、まっしぐらに、ヘンゼルのいる所へかけだして行きました。そして、犬ごやの戸をあけるなり、
「ねえヘンゼル、あたしたちたすかってよ。魔女のばあさん死んじゃってよ。」と、さけびました。
 戸があくと、とたんに、ヘンゼルが、鳥がかごからとび出したように、ぱあっととび出して来ました。
 まあ、ふたりは、そのとき、どんなにうれしがって、首っ玉にかじりついて、ぐるぐるまわりして、そしてほほずりしあったことでしたか。こうなれば、もうなんにもこわがることはなくなりましたから、ふたりは魔女のうちの中に、ずんずんはいって行きました。うちじゅう、すみからすみまで、真珠《しんじゅ》や宝石のつまった箱だらけでした。
「こりゃ、小砂利《こじゃり》よりずっとましだよ。」と、ヘンゼルはいって、かくしの中に入れられるだけ、たくしこみました。すると、グレーテルも、
「あたしも、うちへおみやげにもってくわ。」と、いって、前掛にいっぱいにしました。
「さあ、ここらでそろそろ出かけようよ。」と、ヘンゼルはいいました。「なにしろ、魔女の森からぬけ出さなくては。」
 それで、二三時間あるいて行くうちに、大きな川の所へ出ました。
「これじゃあ渡れやしない。」と、ヘンゼルはいいました。「橋にも、いかだにも、まるでわたるものがないや。」
「ここには、渡し舟も行かないんだわ。」と、グレーテルがいいました。
「でもあすこに、白いかもが一わおよいでいるわね。きっとたのんだらわたしてくれてよ。」
 そこで、グレーテルは声をあげてよびました。

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「かもちゃん かもちゃん 小がもちゃん、
グレーテルとヘンゼルが 来たけれど、
橋もなければ いかだもない、
おまえの白い おせなかに のせてわたして くださいな。」
[#ここで字下げ終わり]

 かもは、さっそく来てくれました。そこで、ヘンゼルがまずのって、小さい妹に、いっしょにおのりといいました。
「いいえ。」と、グレーテルはこたえました。「そんなにのっ
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