女《まじょ》が急《きゅう》に高《たか》い声《こえ》を立《た》てた。「何《なん》だって? 私《わたし》はお前《まえ》を世間《せけん》から引離《ひきはな》して置《お》いたつもりだったのに、お前《まえ》は私《わたし》を瞞《だま》したんだね!」
こう言《い》って、魔女《まじょ》はラプンツェルの美《うつく》しい髪《かみ》を攫《つか》んで、左《ひだり》の手《て》へぐるぐると巻《ま》きつけ、右《みぎ》の手《て》に剪刀《はさみ》を執《と》って、ジョキリ、ジョキリ、と切《き》り取《と》って、その見事《みごと》な辮髪《べんぱつ》を、床《ゆか》の上《うえ》へ切落《きりおと》してしまいました。そうして置《お》いて、何《なん》の容赦《ようしゃ》もなく、この憐《あわ》れな少女《むすめ》を、砂漠《さばく》の真中《まんなか》へ連《つ》れて行《い》って、悲《かなし》みと嘆《なげ》きの底《そこ》へ沈《しず》めてしまいました。
ラプンツェルを連《つ》れて行《い》った同《おな》じ日《ひ》の夕方《ゆうがた》、魔女《まじょ》はまた塔《とう》の上《うえ》へ引返《ひきかえ》して、切《き》り取《と》った少女《むすめ》の辮髪《べんぱつ》を、しっかりと窓《まど》の折釘《おれくぎ》へ結《ゆわ》えつけて置《お》き、王子《おうじ》が来《き》て、
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「ラプンツェルや! ラプンツェルや!
お前《まえ》の頭髪《かみ》を下《さ》げておくれ!」
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と言《い》うと、それを下《した》へ垂《た》らしました。王子《おうじ》は登《のぼ》って来《き》たが、上《うえ》には可愛《かわい》いラプンツェルの代《かわ》りに、魔女《まじょ》が、意地《いじ》のわるい、恐《こわ》らしい眼《め》で、睨《にら》んで居《い》ました。
「あッは!」と魔女《まじょ》は嘲笑《あざわら》った。「お前《まえ》は可愛《かわい》い人《ひと》を連《つ》れに来《き》たのだろうが、あの綺麗《きれい》な鳥《とり》は、もう巣《す》の中《なか》で、歌《うた》っては居《い》ない。あれは猫《ねこ》が攫《さら》ってってしまったよ。今度《こんど》は、お前《まえ》の眼玉《めだま》も掻※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]《かきむし》るかもしれない。ラプンツェルはもうお前《まえ》のものじゃア無《な》い。お前《まえ》はもう、二|度《ど》と、彼女《あれ》にあうことはあるまいよ。」
こう言《い》われたので、王子《おうじ》は余《あま》りの悲《かな》しさに、逆上《とりのぼ》せて、前後《ぜんご》の考《かんが》えもなく、塔《とう》の上《うえ》から飛《と》びました。幸《さいわ》いにも、生命《いのち》には、別状《べつじょう》もなかったが、落《お》ちた拍子《ひょうし》に、茨《ばら》へ引掛《ひっか》かって、眼《め》を潰《つぶ》してしまいました。それからは、見《み》えない眼《め》で、森《もり》の中《なか》を探《さぐ》り廻《まわ》り、木《き》の根《ね》や草《くさ》の実《み》を食《た》べて、ただ失《な》くした妻《つま》のことを考《かんが》えて、泣《な》いたり、嘆《なげ》いたりするばかりでした。
王子《おうじ》はこういう憐《あわ》れな有様《ありさま》で、数年《すうねん》の間《あいだ》、当《あて》もなく彷徨《さまよ》い歩《ある》いた後《のち》、とうとうラプンツェルが棄《す》てられた沙漠《さばく》までやって来《き》ました。ラプンツェルは、その後《ご》、男《おとこ》と女《おんな》の双生児《ふたご》を産《う》んで、この沙漠《さばく》の中《なか》に、悲《かな》しい日《ひ》を送《おく》って居《い》たのです。王子《おうじ》は、ここまで来《く》ると、どこからか、聞《き》いたことのある声《こえ》が耳《みみ》に入《はい》ったので、声《こえ》のする方《ほう》へ進《すす》んで行《ゆ》くと、ラプンツェルが直《す》ぐに王子《おうじ》を認《みと》めて、いきなり頸《くび》へ抱着《だきつ》いて、泣《な》きました。そしてその涙《なみだ》が、王子《おうじ》の眼《め》へ入《はい》ると、忽《たちま》ち両方《りょうほう》の眼《め》が明《あ》いて、前《まえ》の通《とお》り、よく見《み》えるようになりました。
そこで王子《おうじ》は、ラプンツェルを連《つ》れて、国《くに》へ帰《かえ》りましたが、国《くに》の人々《ひとびと》は、大変《たいへん》な歓喜《よろこび》で、この二人《ふたり》を迎《むか》えました。その後《ご》二人《ふたり》は、永《なが》い間《あいだ》、睦《むつま》じく、幸福《こうふく》に、暮《くら》しました。
それにしても、あの年寄《としよ》った魔女《まじょ》は、どうなったでしょう? それは誰《たれ》も知《し》った者《もの》はありません。
底本:「グリム童話集」冨山房
1938(昭和13)年12月12日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
入力:大久保ゆう
校正:鈴木厚司
2005年3月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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