ラプンツェル
グリム
中島孤島訳
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)夫婦者《ふうふもの》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|面《めん》に
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(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)掻※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]《かきむし》る
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むかしむかし夫婦者《ふうふもの》があって、永《なが》い間《あいだ》、小児《こども》が欲《ほ》しい、欲《ほ》しい、といい暮《くら》しておりましたが、やっとおかみさんの望《のぞ》みがかなって、神様《かみさま》が願《ねが》いをきいてくださいました。この夫婦《ふうふ》の家《うち》の後方《うしろ》には、小《ちい》さな窓《まど》があって、その直《す》ぐ向《むこ》うに、美《うつく》しい花《はな》や野菜《やさい》を一|面《めん》に作《つく》った、きれいな庭《にわ》がみえるが、庭《にわ》の周囲《まわり》には高《たか》い塀《へい》が建廻《たてまわ》されているばかりでなく、その持主《もちぬし》は、恐《おそ》ろしい力《ちから》があって、世間《せけん》から怖《こわ》がられている一人《ひとり》の魔女《まじょ》でしたから、誰一人《たれひとり》、中《なか》へはいろうという者《もの》はありませんでした。
或《あ》る日《ひ》のこと、おかみさんがこの窓《まど》の所《ところ》へ立《た》って、庭《にわ》を眺《なが》めて居《い》ると、ふと美《うつく》しいラプンツェル([#ここから割り注]菜の一種、我邦の萵苣(チシャ)に当る。[#ここで割り注終わり])の生《は》え揃《そろ》った苗床《なえどこ》が眼《め》につきました。おかみさんはあんな青々《あおあお》した、新《あたら》しい菜《な》を食《た》べたら、どんなに旨《うま》いだろうと思《おも》うと、もうそれが食《た》べたくって、食《た》べたくって、たまらない程《ほど》になりました。それからは、毎日《まいにち》毎日《まいにち》、菜《な》の事《こと》ばかり考《かんが》えていたが、いくら欲《ほ》しがっても、迚《とて》も食《た》べられないと思《おも》うと、それが元《もと》で、病気《びょうき》になって、日増《ひまし》に痩《や》せて、青《あお》くなって行《ゆ》きます。これを見《み》て、夫《おっと》はびっくりして、尋《たず》ねました。
「お前《まえ》は、まア、何《ど》うしたんだえ?」
「ああ!」とおかみさんが答《こた》えた。「家《うち》の後方《うしろ》の庭《にわ》にラプンツェルが作《つく》ってあるのよ、あれを食《た》べないと、あたし死《し》んじまうわ!」
男《おとこ》はおかみさんを可愛《かわい》がって居《い》たので、心《こころ》の中《うち》で、
「妻《さい》を死《し》なせるくらいなら、まア、どうなってもいいや、その菜《な》を取《と》って来《き》てやろうよ。」
と思《おも》い、夜《よ》にまぎれて、塀《へい》を乗《の》り越《こ》えて、魔法《まほう》つかいの庭《にわ》へ入《はい》り、大急《おおいそ》ぎで、菜《な》を一つかみ抜《ぬ》いて来《き》て、おかみさんに渡《わた》すと、おかみさんはそれでサラダをこしらえて、旨《うま》そうに食《た》べました。けれどもそのサラダの味《あじ》が、どうしても忘《わす》れられない程《ほど》、旨《うま》かったので、翌日《よくじつ》になると、前《まえ》よりも余計《よけい》に食《た》べたくなって、それを食《た》べなくては、寝《ね》られないくらいでしたから、男《おとこ》は、もう一|度《ど》、取《と》りに行《ゆ》かなくてはならない事《こと》になりました。
そこで又《また》、日《ひ》が暮《く》れてから、取《と》りに行《ゆ》きましたが、塀《へい》をおりて見《み》ると、魔法《まほう》つかいの女《おんな》が、直《す》ぐ目《め》の前《まえ》に立《た》って居《い》たので、男《おとこ》はぎょっとして、その場《ば》へ立《た》ちすくんでしまいました。すると魔女《まじょ》が、恐《おそ》ろしい目《め》つきで、睨《にら》みつけながら、こう言《い》いました。
「何《なん》だって、お前《まえ》は塀《へい》を乗越《のりこ》えて来《き》て、盗賊《ぬすびと》のように、私《わたし》のラプンツェルを取《と》って行《ゆ》くのだ? そんなことをすれば、善《よ》いことは無《な》いぞ。」
「ああ! どうぞ勘弁《かんべん》して下《くだ》さい!」と男《おとこ》が答《こた》えた。「好《す》き好《この》んで致《いた》した訳《わけ》ではございません。全《まった》くせっぱつまって[#「せっぱつまって」に傍点]余儀《よぎ》なく致《いた》しましたのです。妻《かない》が窓《まど》から、あなた様《さま》のラプンツェルをのぞきまして、食《た》べたい、食《た》べたいと思《おも》いつめて、死《し》ぬくらいになりましたのです。」
それを聞《き》くと、魔女《まじょ》はいくらか機嫌《きげん》をなおして、こう言《い》いました。
「お前《まえ》の言《い》うのが本当《ほんとう》なら、ここにあるラプンツェルを、お前《まえ》のほしいだけ、持《も》たしてあげるよ。だが、それには、お前《まえ》のおかみさんが産《う》み落《おと》した小児《こども》を、わたしにくれる約束《やくそく》をしなくちゃいけない。小児《こども》は幸福《しあわせ》になるよ。私《わたし》が母親《ははおや》のように世話《せわ》をしてやります。」
男《おとこ》は心配《しんぱい》に気《き》をとられて、言《い》われる通《とお》りに約束《やくそく》してしまった。で、おかみさんがいよいよお産《さん》をすると、魔女《まじょ》が来《き》て、その子《こ》に「ラプンツェル」という名《な》をつけて、連《つ》れて行《い》ってしまいました。
ラプンツェルは、世界《せかい》に二人《ふたり》と無《な》いくらいの美《うつく》しい少女《むすめ》になりました。少女《むすめ》が十二|歳《さい》になると、魔女《まじょ》は或《あ》る森《もり》の中《なか》にある塔《とう》の中《なか》へ、少女《むすめ》を閉籠《とじこ》めてしまった。その塔《とう》は、梯子《はしご》も無《な》ければ、出口《でぐち》も無《な》く、ただ頂上《てっぺん》に、小《ちい》さな窓《まど》が一つあるぎりでした。魔女《まじょ》が入《はい》ろうと思《おも》う時《とき》には、塔《とう》の下《した》へ立《た》って、大《おお》きな声《こえ》でこう言《い》うのです。
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「ラプンツェルや! ラプンツェルや!
お前《まえ》の頭髪《かみ》を下《さ》げておくれ!」
[#ここで字下げ終わり]
ラプンツェルは黄金《きん》を伸《の》ばしたような、長《なが》い、美《うつ》くしい、頭髪《かみ》を持《も》って居《い》ました。魔女《まじょ》の声《こえ》が聞《き》こえると、少女《むすめ》は直《す》ぐに自分《じぶん》の編《あ》んだ髪《かみ》を解《ほど》いて、窓《まど》の折釘《おれくぎ》へ巻《ま》きつけて、四十|尺《しゃく》も下《した》まで垂《た》らします。すると魔女《まじょ》はこの髪《かみ》へ捕《つか》まって登《のぼ》って来《く》るのです。
二三|年《ねん》経《た》って、或《あ》る時《とき》、この国《くに》の王子《おうじ》が、この森《もり》の中《なか》を、馬《うま》で通《とお》って、この塔《とう》の下《した》まで来《き》たことがありました。すると塔《とう》の中《なか》から、何《なん》とも言《い》いようのない、美《うつく》しい歌《うた》が聞《き》こえて来《き》たので、王子《おうじ》はじっと立停《たちど》まって、聞《き》いていました。それはラプンツェルが、退屈凌《たいくつしの》ぎに、かわいらしい声《こえ》で歌《うた》っているのでした。王子《おうじ》は上《うえ》へ昇《のぼ》って見《み》たいと思《おも》って、塔《とう》の入口《いりぐち》を捜《さが》したが、いくら捜《さが》しても、見《み》つからないので、そのまま帰《かえ》って行《ゆ》きました。けれどもその時《とき》聞《き》いた歌《うた》が、心《こころ》の底《そこ》まで泌《し》み込《こ》んで居《い》たので、それからは、毎日《まいにち》、歌《うた》をききに、森《もり》へ出《で》かけて行《ゆ》きました。
或《あ》る日《ひ》、王子《おうじ》は又《また》森《もり》へ行《い》って、木《き》のうしろに立《た》って居《い》ると、魔女《まじょ》が来《き》て、こう言《い》いました。
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「ラプンツェルや! ラプンツェルや!
お前《まえ》の頭髪《かみ》を下《さ》げておくれ!」
[#ここで字下げ終わり]
それを聞《き》いて、ラプンツェルが編《あ》んだ頭髪《かみ》を下《した》へ垂《た》らすと、魔女《まじょ》はそれに捕《つか》まって、登《のぼ》って行《ゆ》きました。
これを見《み》た王子《おうじ》は、心《こころ》の中《うち》で、「あれが梯子《はしご》になって、人《ひと》が登《のぼ》って行《い》かれるなら、おれも一つ運試《うんだめ》しをやって見《み》よう」と思《おも》って、その翌日《よくじつ》、日《ひ》が暮《く》れかかった頃《ころ》に、塔《とう》の下《した》へ行《い》って
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「ラプンツェルや! ラプンツェルや!
お前《まえ》の頭髪《かみ》を下《さ》げておくれ!」
[#ここで字下げ終わり]
というと、上《うえ》から頭髪《かみのけ》がさがって来《き》たので、王子《おうじ》は登《のぼ》って行《ゆ》きました。
ラプンツェルは、まだ一|度《ど》も、男《おとこ》というものを見《み》たことがなかったので、今《いま》王子《おうじ》が入《はい》って来《き》たのを見《み》ると、初《はじ》めは大変《たいへん》に驚《おどろ》きました。けれども王子《おうじ》は優《やさ》しく話《はな》しかけて、一|度《ど》聞《き》いた歌《うた》が、深《ふか》く心《こころ》に泌《し》み込《こ》んで、顔《かお》を見《み》るまでは、どうしても気《き》が安《やす》まらなかったことを話《はな》したので、ラプンツェルもやっと安心《あんしん》しました。それから王子《おうじ》が妻《つま》になってくれないかと言《い》い出《だ》すと、少女《むすめ》は王子《おうじ》の若《わか》くって、美《うつく》しいのを見《み》て、心《こころ》の中《うち》で、
「あのゴテルのお婆《ばあ》さんよりは、この人《ひと》の方《ほう》がよっぽどあたしをかわいがってくれそうだ。」
と思《おも》いましたので、はい、といって、手《て》を握《にぎ》らせました。少女《むすめ》はまた
「あたし、あなたとご一しょに行《い》きたいんだが、わたしには、どうして降《お》りたらいいか分《わか》らないの。あなたがお出《でい》[#「お出《でい》」はママ]になるたんびに、絹紐《きぬひも》を一|本《ぽん》宛《ずつ》持《も》って来《き》て下《くだ》さい、ね、あたしそれで梯子《はしご》を編《あ》んで、それが出来上《できあが》ったら、下《した》へ降《お》りますから、馬《うま》へ乗《の》せて、連《つ》れてって頂戴《ちょうだい》。」
といいました。それから又《また》、魔女《まじょ》の来《く》るのは、大抵《たいてい》日中《ひるま》だから、二人《ふたり》はいつも、日《ひ》が暮《く》れてから、逢《あ》うことに約束《やくそく》を定《き》めました。
ですから、魔女《まじょ》は少《すこ》しも気《き》がつかずに居《い》ましたが、或《あ》る日《ひ》、ラプンツェルは、うっかり魔女《まじょ》に向《むか》って、こう言《い》いました。
「ねえ、ゴテルのお婆《ばあ》さん、何《ど》うしてあんたの方《ほう》が、あの若様《わかさま》より、引上《ひきあ》げるのに骨《ほね》が折《お》れるんでしょうね。若様《わかさま》は、ちょいとの間《ま》に、登《のぼ》っていらっしゃるのに!」
「まア、この罰当《ばちあた》りが!」と魔
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