いに叫んだ。
「わたしだって夫人の死を望んではいなかった」と、ヘルマンは答えた。「私のピストルには装填《たまごめ》をしていなかったのですからね」
二人は黙ってしまった。
夜は明けかかった。リザヴェッタが蝋燭の火を消すと、青白い光りが部屋へさし込んで来た。彼女は泣きはらした眼をふくと、ヘルマンのほうへ向いた。彼は腕組みをしながら、ひたいに残忍《ざんにん》な八の字をよせて、窓のきわに腰をかけていた。こうしていると、まったく彼はナポレオンに生き写しであった。リザヴェッタもそれを深く感じた。
「どうしてあなたをお邸《やしき》からお出し申したらいいでしょう」と、彼女はようように口を開いた。「わたくしはあなたを秘密の階段からお降ろし申そうと思ったのですが、それにはどうしても伯爵夫人の寝室を通らなければならないので、わたくしには恐ろしくって……」
「どうすればその秘密の階段へ行けるか、教えて下さい。……わたしは一人で行きます」
リザヴェッタは起《た》ち上がって、抽斗《ひきだし》から鍵を取り出してヘルマンにわたして、階段へゆく道を教えた。ヘルマンは彼女の冷たい、力のない手を握りしめると、そのう
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