を持っているぞ!」
ヘルマンは彼女のそばの窓に腰をかけて、一部始終を物語った。
リザヴェッタは恐ろしさに顫《ふる》えながら彼の話に耳をかたむけていた。今までの感傷的な手紙、熱烈な愛情、大胆な執拗な愛慾の要求――それらのものはすべて愛ではなかった。金――彼のたましいがあこがれていたのは金であった。貧しい彼女には彼の愛慾を満足させ、愛する男を幸福にすることは出来なかった。このあわれな娘は、盗人であり、かつは彼女の老いたる恩人の殺害者である男の盲目的玩具にほかならなかったのではないか。彼女は後悔のもだえに苦《にが》い涙をながした。
ヘルマンは沈黙のうちに彼女を見つめていると、彼の心もまたはげしい感動に打たれて来た。しかも、このあわれなる娘の涙も、悲哀のためにいっそう美しく見えてきた彼女の魅力も、彼のひややかなる心情を動かすことは出来なかった。彼は老伯爵夫人の死についても別に良心の呵責《かしゃく》などを感じなかった。ただ彼を悲しませたのは、一攫千金を夢みていた大切な秘密を失って、取り返しのつかないことをしたという後悔だけであった。
「あなたは人非人《ひとでなし》です」と、リザヴェッタはつ
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