一緒に皇后さまの御前《ごぜん》に伺候したのに……」
それからこの伯爵夫人は、彼女の孫息子にむかって、自分の逸話をほとんど百回目で話して聞かせた。
「さあ、ポール」と、その物語が済んだときに夫人は言った。「わたしを起こしておくれ。それからリザンカ、わたしの嗅《かぎ》煙草の箱はどこにあります」
こう言ってから、伯爵夫人はお化粧を済ませるために、三人の侍女を連れて屏風《びょうぶ》のうしろへ行った。トムスキイは若い婦人とあとに残った。
「あなたが伯爵夫人にお引き合わせなさりたいというお方は、どなたです」と、リザヴェッタ・イヴァノヴナは小声で訊いた。
「ナルモヴだよ。知っているだろう」
「いいえ。そのかたは軍人……。それとも官吏……」
「軍人さ」
「工兵隊のかた……」
「いや、騎馬隊だよ。どういうわけで工兵隊かなどと聞くのだ」
若い婦人はほほえんだだけで、黙っていた。
「ポール」と、屏風のうしろから伯爵夫人が呼びかけた。「私に何か新しい小説を届けさせて下さいな。しかし、今どきの様式《スタイル》のは御免ですよ」
「とおっしゃると、おばあさま……」
「主人公が父や母の首を絞《し》めたり、溺死者
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