世界怪談名作集
ヴィール夫人の亡霊
デフォー Daniel Defoe
岡本綺堂訳

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)敬虔《けいけん》な
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 この物語は事実であるとともに、理性に富んだ人たちにも、なるほどと思われるような出来事が伴っている。この物語はケント州のメイドストーン治安判事を勤めている非常に聡明な一紳士から、ここに書かれてある通りに、ロンドンにいる彼の一友人のところへ知らせてよこしたもので、しかもカンタベリーで、この物語に現われて来るバーグレーヴ夫人の二、三軒さきに住んでいる上記の判事の親戚で、冷静な理解力のある一婦人もまたこの事実を確証している。
 したがって、治安判事は自分の親戚の婦人も確かに亡霊の存在を認めているものと信じ、また彼の友達にも極力この物語の全部はほんとうの事実だと断言している。そうして、その亡霊を見たというバーグレーヴ夫人自身の口から、この物語を聞いたままを治安判事に伝えたその婦人は、正直で、善良で、敬虔《けいけん》な一個の女性としてのバーグレーヴ夫人が、この事実談を一つの荒唐無稽《こうとうむけい》な物語に粉飾するような婦人でないことを信じているのである。
 私がこの事実談をここに引用したのは、この世の私たちの人生には更にまた一つの生活があって、そこに平等なる神は私たちが生きている間の行為にしたがって、それに審判をなされるのであるから、私たちは自分が現世でなして来たところの過去を反省しなければならない。また、私たちの現世の生命は短くて、いつ死ぬか分からないが、もし不信仰の罰をまぬかれて、信仰の酬《むく》いとして来世における永遠の生命を把握《はあく》しようとするならば、今後すみやかに悔い改めて神に帰依《きえ》し、努めて悪をなさず、善をおこなおうと心がけなければならない。幸いに神が私たちに目をかけて下されて、神の御前《みまえ》で楽しく暮らせるような来世のために、現世において信仰の生活を導いて下さるならば、ただちに神を求めなければならないということを、お互いに考えんがためである。

 この物語は、こうした種類の出来事のうちでも非常に珍らしく、実際をいうと、私が今まで書物の上で読んだり、人から聞いたりしたことなどは、この事実談ほどに私のこころを惹《ひ》かなかった。したがって、これは好奇心に富んだ、まじめな詮索《せんさく》家を満足させるに十分であると思う。バーグレーヴ夫人は現在生きている人で、死んだヴィール夫人の亡霊が彼女のところに現われたのであった。
 バーグレーヴ夫人は私の親しい友達で、私が知ってから最近の十五、六年のあいだ、彼女は世間の評判のよい夫人であったこと、また私が初めて近づきになった時でも、彼女は若い時そのままの純潔な性格の所有者であったことを確言し得る。それにもかかわらず、この物語以来、彼女はヴィール夫人の弟の友達などから誹謗《ひぼう》されている。その人たちはこの物語を気違い沙汰《ざた》だと思って、極力彼女の名声を挫《くじ》こうとするとともに、一方には狼狽してその物語を一笑にふしてしまおうと努めている。しかも、こうした誹誘をこうむっている上に、さらに不行跡な夫からは虐待《ぎゃくたい》されているにもかかわらず、快活な性格の彼女は少しも失望の色をみせず、また、こういう境遇の婦人にしばしば見るような、始終なにかぶつぶつ言っているような鬱症《うつしょう》におちいったということもかつて聞かず、夫の蛮的行為のまっ最中でも常に快活であったということは、私をはじめ他の多数の名望ある人びとも証人に立っているのである。
 さてあなたに、ヴィール夫人は三十歳ぐらいの中年増《ちゅうどしま》のわりに、娘のような温和な婦人であったが、数年前に人と談話をしているうちに突然発病して、それから痙攣《けいれん》的の発作に苦しめられるようになったということを知っておいてもらわなければならない。彼女はドーバーに家《うち》を持っていた、たった一人の弟の厄介になっていた。彼女は非常に信心の厚い婦人であった。その弟は見たところ実に落ち着いた男であったが、今では彼はこの物語を極力打ち消している。ヴィール夫人とバーグレーヴ夫人とは子供のときからの親友であった。
 子供時分のヴィール夫人は貧しかった。彼女の父親はその日の生活に追われて、子供の面倒まで見ていられなかった。その当時のバーグレーヴ夫人もまた同じように不親切な父親を持っていたが、ヴィール夫人のように衣食には事を欠かなかったのである。
 ヴィール夫人はよくバーグレーヴ夫人にむかって、「あなたはいちばんいいお友達で、そうして世界にたった一人しかないお友達だから、どんな事があっても永久に私はあなたとの友情を失いません」と言っていた。
 彼女らはしばしばお互
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