しは二度と彼女に会つた事はない。
あゝ、彼女の言《ことば》は正しかつた。わしは一度ならず彼女を惜んだ。いや今も彼女を惜んでゐる。わしの霊魂の平和は、高い代価を払つて始めて贖ふ事が出来たのである。神の愛は彼女のやうな愛を償《つぐな》つて余りある程大きなものではない。兄弟よ、之がわしの若い時の話なのだ。忘れても女の顔は見ぬがいゝ。そして外へ出る時には、何時でも視線を地におとして歩くがいゝ。何故と云へば、如何に信心ぶかい、慎みぶかい人間でも、一瞬間の誤が、永遠を失はせるのは容易だからである。
底本:「芥川龍之介全集 第一巻」岩波書店
1995(平成7)年11月8日発行
底本の親本:「クレオパトラの一夜」新潮社
1921(大正10)年4月17日発行
初出:「クレオパトラの一夜」新潮文庫、新潮社
1914(大正3)年10月16日発行
※初出及び底本の親本では、久米正雄訳として発表された。
※著者名は、底本では「〔The'ophile Gautier〕」と表記されている。
入力:もりみつじゅんじ
校正:土屋隆
2009年1月8日作成
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