ゥら、火の三戟刑具《トリアングル》が迸り出でて、彼を焦土とするやうに祈祷しようかとさへ思つてゐた。糸杉《シイプレイ》に宿つてゐた梟は、角燈の光に驚いて、時々それに飛んで来る。しかも其度に灰色の翼で角燈の硝子を打つては悲しい慟哭の叫び声を揚げるのである。野狐は遠い闇の中に鳴き、数千の不吉な物の響は、沈黙の中から自《おのづか》ら生れて来る。遂にセラピオンの鶴嘴は、柩を打つた。其板に触れた響は、深い高い音を、打たれた時に「無」が発する戦慄すべき音を、陰々と反響した。それから彼は柩の蓋を捩《ね》ぢはなした。わしは其時クラリモンドが大理石像のやうに青白く、両手を組んでゐるのを見た。彼女の白い経帷子は、頭から足迄たゞ一つの襞《ひだ》を造つてゐる。しかも彼女の色褪せた唇の一角には、露の滴つたやうに、小さな真紅の滴がきらめいてゐるのである。之を見ると、セラピオンの怒気は心頭に上つた。「あゝ、此処に居つたな、悪魔めが、不浄な売婦《ばいた》めが、黄金《きん》と血とを吸ふ奴めが。」彼は聖水を屍と柩の上に注ぎかけて、其上に水刷毛《みずはけ》で十字を切つた。憐む可きクラリモンドは、聖水がかゝると共に、美しい肉体
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