フ手に接吻しようとしては、口を離すかと思ふと、又更に幾滴かの紅い滴を吸ひ出さうとして、わしの傷口に其唇をあてるのであつた。血がもう出ないのを見ると、彼女は瑞々した、光のある眼を輝かしながら、五月の朝よりも薔薇色に若やいで、身を起した。顔はつや/\と肉附いて、手も温かにしめつてゐる――常よりも一層美しく、健康も今は全く恢復してゐるのである。
「私もう死なないわ、死なないわ。」悦びに半ば狂したやうにわしの首に縋りつきながら、彼女はかう叫んだ。「私はまだ長い間貴方を愛してあげる事が出来てよ。私の命は貴方の有《もの》だわ。私の中にある物は皆、貴方から来たのだわ。貴方の豊な貴い血の滴が、世界中のどの不死の薬よりも得難い、力のつく薬なの。その血の滴のおかげで私は命を取返したのだわ。」
此光景は長い間、わしの記憶に上つて来た。そしてクラリモンドに対する不思議な疑惑をわしに起させた。丁度其の夜、睡がわしを牧師館に移した時に、わしは僧院長《アベ》セラピオンが平素よりは一層真面目な、一層気づかはしさうな顔をしてゐるのを見た。彼はぢつとわしを見つめてゐたが、悲しげに叫んで云ふには「お前は霊魂を失ふ丈では飽
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