、である。しかも其愛は最初の、又最後の情熱でなければならない。かくしてわしも常に幸福であつた。唯、不幸なのは、毎夜必ず魘《うな》される時だけで、其の時はわしが貧しい田舎の牧師補になつた夢を見ながら、昼間の淫楽を悔いて、贖罪と苦行とに一身を捧げてゐるのである。わしは、常は彼女と親しんでゐられるのに安んじて、わしがクラリモンドと知るやうになつた不思議な関係を此上考へて見ようとはしなかつた。併し彼女に関する僧院長《アベ》セラピオンの言《ことば》は、屡々わしの記憶に現れて、わしの心に不安を与へずにはゐなかつた。
其内に暫くの間クラリモンドの健康が平素のやうにすぐれなかつた。顔の色も日にまし青ざめる。医師を呼んで診《み》せても、病気の質《たち》がわからないので、どう治療していゝか見当《けんたう》が附かない。彼等は皆、役にも立たぬ処方箋を書いて、二度目からは来なくなつてしまふのである。けれ共彼女の顔色は、著しく青ざめて、一日は一日と冷くなる。そして遂には殆どあの不思議な城の記憶すべき夜のやうに、白く、血の気もなくなつてしまつた。わしは此様に徐々と死んでゆく彼女を見るに堪へないで、云ふ可からざる苦
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