鴻~ュアル。」
かう云つて僧院長《アベ》セラピオンは静かに戸口へ歩んで行つた。わしは其時二度と彼に会はなかつた。それは彼が殆んど直にS――へ帰つたからである。
わしは全く健康も恢復すれば、又日頃の職務に服する事も出来る様になつた。がクラリモンドの記憶と老年の僧院長《アベ》の語とは一刻もわしを離れない。けれども格別、彼の気味の悪い予言を実現するやうな大事件も起らなかつたので、わしは彼の掛念もわしの恐怖も、誇張されたのに過ぎないと信じるやうになつた。すると、ある夜、不思議な夢を見た。それはわしが眠るか眠らないのに、寝床の帳《とばり》の輪が、鋭い音を立てゝ、其輪のかゝつてゐる棒の上をすべつたので、わしは帳が開いたなとかう思つた。そこで素早《すばや》く肘をついて起き上ると、わしの前に真直に立つてゐる女の影がある。わしは直にそのクラリモンドなのを知つた。彼女は手に、墓の中に置くやうな形をした小さなランプを持つてゐる。その光に霑された彼女の指は、薔薇色にすきとほつて、それが亦次第に不透明な、牛乳のやうに白い、裸身《はだかみ》の腕に溶けこんでゐる。彼女の着てゐるのは、末期《まつご》の床の上に横は
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