oルバラは丁度わしが引込んだばかりの二階へ、其男を案内した。彼は彼の女主人になる或貴夫人が、今息を引取るばかりのところで、是非牧師に来て貰ひたがつてゐると云ふことを話した。そこでわしは、何時でも彼と一しよに行くと答へた。そして臨終と塗式に必要な、神聖な品々を携へて、大急ぎで二階を下りた。と、門の外には夜のやうに黒い馬が二匹、焦立たしげに土を蹴つて鼻孔から吐く煙のやうな水蒸気の長い流に、胸をかくしながら、立つてゐる。其男は鐙《あぶみ》を執つて、わしの馬に乗るのを扶けて呉れた。それから彼は唯、手を鞍の前輪へかけた許りで、ひらりともう一頭の馬にとび乗ると、膝で馬の横腹を締めて手綱を緩めた。と、馬は忽ち矢の如く走り出でたのである。伴《つれ》の馬に遅れまいと、其男が手綱を執つてゐたわしの馬も、宙を飛んで奔馳《ほんち》する。わし達はひたすらに途を急いだ。大地はわしたちの下で、青ざめた灰色の長い縞のやうに、後へ/\流れて行く。木立の黒い影画は、打破られた軍隊のやうに、わしたちの右左を、逃げて行くやうに見える。わし達が暗い森を通りぬけた時には、わしは冷い闇の中に迷信じみた恐怖から、わしの肉がむづつくの
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