轤ネい。そして殆どわし達の歩く道を明けようとさへしさうもない。と嗄がれた、喘息やみのやうな犬の声が、耳に入つた。老いぼれた犬が、此方へ駈けて来るのである。それは先住の牧師の犬であつた。懶《ものう》い、爛れた眼をして、灰色の毛を垂らしてゐる。そして犬の達し得る、極度の老年に達したと云ふあらゆる徴《しるし》が現れてゐる。わしは犬をやさしく叩いてやつた。犬は直に云ふ可らざる満足の容子を示してわし達と一しよに歩き始めた。以前の牧師の家庭を処理してゐた老婆も亦迎へに出て、わし達を小さな後の客間へ案内してから、わしが猶引続いて彼女を傭つてくれるかどうかと尋ねた。わしは、老婆も犬も雛つ仔も、先住が死際に譲つた其老婆の一切の家具も、残らず面倒を見てやると答へた。之を聞いて、老婆は我を忘れて喜んだ。そして僧院長《アベ》セラピオンは、彼女が其僅な所有物に対して要求した金を、即座に払つてやつた。
 わしの就任がすむと間もなく、僧院長《アベ》セラピオンは僧侶学校に帰つた。そこでわしは助力をして貰ふのにも、相談相手になつて貰ふのにも、自分より外に誰もゐなくなつた。そしてクラリモンドの思ひ出は、再びわしの心に浮び
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