ョかざる海になつた。そして其中には一つの山のやうな波動が明かに見えてゐるのである。セラピオンは、騾馬を急がせた。わしの馬も同じ歩みを運んで、其後に従つた。そして其内に路が鋭く曲る所へ来たので、S――の市は終に、永久にわしの眼から隠されてしまつた。しかもわしは決して其処へ帰る事の出来ない運命を負つてゐるのである。退屈な三日の旅行の末に、陰鬱な田園の間を行き尽して、わしはわしの管轄すべき寺院の塔上にある風見の鶏が、森の上から覗いてゐるのを見た。それから茅葺の小家と小さな庭園とに挟まれた、曲りくねつた路を行くと、やがて、多少の荘厳を保つた寺院の正面へ出た。五六の塑像で飾られた玄関、荒削りに砂岩を刻んだ円柱、柱と同じ砂岩の控壁《ひかへかべ》のついた瓦葺の屋根――唯これだけである。左手には雑草が背高く生えた墓地があつて、其中央には大きな鉄の十字架が聳えてゐる。右手には寺院の影になつて牧師の住む家がある。家は恐しく簡単で、しかも冷酷な清潔が保たれてゐる。わし達は垣の内へ入つた。五六匹の雛《ひよ》つ仔《こ》が地に撒いてある麦を啄んでゐる。見た所では、僧侶の黒い法衣にも慣れたやうに、少しもわし達を怖が
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