びゃくえ》の老人も亡霊にちがいないよ」
「じゃ、君だって、亡霊かい」
「どうして?」
「君は、あの船の甲板で、豹《ひょう》のような水夫のために、左胸部を背後から射貫《いぬ》かれて、死んだのじゃないか。僕は、たしかにそれを目撃したのだ。だのに、また生き還《かえ》るなンか、ふしぎだよ。やっぱり、亡霊かもしれないよ」
「そ、そんなことがあるものか。僕は、いったんは殺されたが、あの白衣の老人の手術で、心臓を取替てもらって生き還ったのだ」
「じゃ、白衣の老人の腕前を信じることが出来るだろう。そしたら、あの人を亡霊というのはまちがっている。君が亡霊でないなら、あの科学者だって亡霊じゃないよ。もちろん、人造島をつくった博士だって、亡霊じゃない」
「うむ……。可笑《おか》しいね。何が何だか解《わか》らなくなって来たぞ。……待てよ。じゃ、あのどろぼう[#「どろぼう」に傍点]船だけが、亡霊だったのかもしれないね」
「それなら、僕もそうおもうね。渦巻く海面から、忽然《こつぜん》と消えて無くなるなンか、やっぱり幽霊船だった」そのまに、飛行機は、もう可成《かな》り遠くまで飛んでいた。
「大尉殿。もう一度、あの大渦巻の中心を探して下さい」僕は、あきらめ切れず、そう云うと将校は、
「いくら探しても無駄さ。あのとおり、八ツの眼で、下界を隈《くま》なく探したが、見つからなかったのだから、もうあきらめた方がいいぜ」
「でも、あの科学者が、行方不明になったのが、ほんとに惜しいンですもの」
「われわれだって、惜しい人物を、魔の海で失って、残念におもうよ。何しろ、人造島をつくった博士や、心臓を入替たり、生命を永久保存することを発見した大科学者だからね」
「それに、僕等の恩人です」
「まったくだ。しかし、幽霊船の犠牲になって、あの大渦巻に吸込まれ、海底深く没してしまったのだから、あきらめるより外はあるまい」
「ひょっとすると、博士たちは、火薬を爆発さして沈んだのかも知れませんよ」
「うむ、そうかも知れん……君たちも、うんと勉強して、将来御国のために、人造島ぐらい、わけなくつくる大科学者になってくれることだね。世界人類のために、生命の保存法を、君たちこそ、ほんとうに発見してくれるンだね」
「僕は、きっと、人造島を発明します」
「僕も、心臓の入替なぞ、平気でやれる大科学者になって見せるよ」といった。将校は、肯《うなず》いて、
「うん。それでこそ、死んだ二人の科学者の、恩に報いられるのだ。しっかりやってくれ」
「はい」「はい」海軍機は、すでに、魔の海――大渦巻の上空を去って、夕靄《ゆうもや》の深く鎖《とざ》した大海原《おおうなばら》を、西方指して飛んでいる。
「大尉殿」僕は、訊ねた。
「何だ」
「この海軍機は、ドイツから輸入したのですか」
「いや、国産だよ」
「へえ、素晴しいなア。こんな優秀機が、もう日本でも出来るンですか」
「出来るとも。もっと素晴しいのが出来かかっているよ。これは、東京帝国大学の航空研究所で設計したものだ。太平洋なぞ、無着陸で往復できるよ」
「ほう、愉快だなア」
「小僧たちも、うんと勉強して、これに負けない飛行機をつくってくれよ」
「つくるとも。大丈夫」
「何だぜ。もう、どろぼう[#「どろぼう」に傍点]船になンか、乗るんじゃないぜ」
「あれは、横浜《ハマ》で、船乗《マドロス》たちに騙《だま》されたのだよ。もう、北洋へなぞ往かずに、うんと勉強するよ」
「よし。陳《チャン》君、君も、うんと勉強したまえよ」
「はい」
「中国も、日本と協力して、もっと強くならなくてはいかんなア。東洋平和のために、日本と協力して、進むンだなア」
「僕は、山路君の、忍耐と、勇気と、仁侠《にんきょう》に感動させられました。日本人と、中国人とは、兄弟のように仲好くなるのが、ほんとうだと、こんどの冒険旅行で、しみじみ感じました」
「それだ。それは、大きな収穫だった。山路君と陳君との友情は、やがて、日本と中国との永遠の友情の楔《くさび》となるのだ」国際優秀機は、太平洋の上空を、秀麗富士の聳《そび》える日本の空を目指して、悠々と飛んでいる。四ヶ月余に亘《わた》る、怪奇な冒険旅行を終えて、故国へ帰る僕は、疲労も、眠気も忘れて、元気一杯、口笛を吹いた。
日本へ帰ってから、人々に、老博士の人造島のことや、白衣の老人の心臓入替の話や、さては、幽霊船のことや、魔の海の大渦巻のことを物語ったが、誰も、それを信じるものが無かった。「そんな莫迦《ばか》なことがあるものか!」一笑に附してしまう。だから、どろぼう[#「どろぼう」に傍点]船を脱れて、巨鯨のお腹《なか》に乗っかって、漂流したなぞといったら、きっと、みんなは、吹き出してしまうだろう。僕は、目下、日本の有名な理学博士の主宰する化学研究所に助手として働い
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