けて、動力所へ入って来た一隊の半数は、いきなり、老博士に殺到した。
「わア!」
「老ぼれを殺《やっ》つけろ[#「殺《やっ》つけろ」は底本では「殺《や》つけろ」]」
 たちまち、老博士は、人々のために組敷かれてしまった。あとの半数は、僕を目指して殺到した。
「日本の少年も、やっつけろ」
「わア!」僕は飛鳥の如《ごと》く、動力機関の前までのがれた。僕は、もはやこれまでとおもって、その場にあったハンマーを執《と》ると、
「やッ!」とばかり、機関を叩きつけた。
「あッ!」殺到した悪鬼のような人々は、おもわず声を呑《の》んだ。おのれの心臓を、叩きつけられたも同然である。僕は、続けざまにハンマーを揮《ふる》って機関《エンジン》を叩きつけた。歯車は砕け、シャフトは折れ、低温蒸気は、凄《すさ》まじい勢いで、折れまがったパイプの裂け口から吹き出した。僕は、汗を拭《ふ》きながら、人々を振《ふり》かえって云った。
「さア、これで万事休矣《ばんじきゅうす》だ。敵も味方も、仲好く、海底見物をしよう。動力が停ったら、この島は、次第に溶けていくだろう。もう、お互に争うことを止めようじゃないか」
 誰も、これに応えるものはなかった。
 老博士を組敷いている人々も、その場を離れ、呆然《ぼうぜん》として、僕を見るだけだ。今は誰一人、僕に組付いてくるものもない。死のような沈黙が、動力所の内外にひろがって来た。
 老博士は、僕の傍《そば》へやって来て、
「よくやってくれた。君の勇気と果断に感謝する。そして、君と一緒に死ぬことを、わしは、悦《うれ》しいとおもう」といって、僕の手を、固く握り締めた。
「済みませんでした。機関を破壊したりなんかして……」
「いや、この場合、君の果断の行為は、結局、われわれを救ってくれたのじゃ」
「でも、そのために、みんな溺死《できし》します」
「が、動力所を、あいつ等の手に渡せば、君とわしが殺されるだけじゃないか……。おお、そういううちにも、島が溶けてくるだろう。死の直前に、人造島の溶けるさまを実際に見ておこうか」
 老博士は、悠々と、戸口の方へ歩きだした。科学に殉ずる、老科学者の態度に、敵も味方も、今は驚嘆せぬものとてない。

     運命の方船《はこぶね》

 やがて、窓から戸外を眺めていた一人が、甲高い声で叫んだ。
「あっ、大変だ。島が溶けだした」
「えッ!」予期していたことだが、これが余りに突然だったので、人々は色を失って、われ先にと、戸外へ飛出した。彼等は、氷上を右往左往した。なかには、動力所の屋根へよじ登ろうとする者、相抱いて泣いている者もある。いやはや、白人共の、狼狽《ろうばい》ぶりは、滑稽《こっけい》なくらいだ。
「氷が溶けるのは、当然ではないか。周章《あわ》ててはいけない」老博士は、人々をかえり見《み》て、こう戒《いまし》めるが、刻々に迫る死を怖れて、人々は、なおも、右往左往して悲鳴をあげている。老博士は、木沓《きぐつ》の先でコツコツ氷を叩いてみて、僕をかえりみて云った。
「うむ、なるほど、凍結剤の効力が失われると、あれほど硬かった氷も、このとおりだ」
 それは、自分の創案した人造島の、溶け失せるのを悲しむというよりか、化学の偉力のおそろしさを証し得たことを悦《よろこ》ぶ、会心の笑いだった。
 そういううちにも、人造島は、刻々と溶けてゆく。海中に没している部分はもちろんのこと、表面も、周囲も、急速度に溶けつつある。
「救《たす》けてくれい」
「ああ……」技術員も、雑役夫たちも、今は全く手の下しようもなく、悲鳴をあげていたが、やがて彼等は、ぞろぞろと、博士の方へやって来た。
 彼等は、老博士を取巻いて、哀願した。
「博士。どうか、われわれを救ってください」
「われわれの生命《いのち》をたすけてください」
「おねがいします」果ては、彼等は、溶けゆく氷の上に膝《ひざ》をつき、手をついて、老博士に哀訴した。
 博士は、微笑をうかべたまま、
「生命が惜しかったら、わしの云うとおりになるか」
「なります」
「救けてください」
「では、あの白堊の建物へ帰りたまえ。あの建物は、島が溶けても、波に浮ぶだろう。あれは創世記の方船《はこぶね》だ」これをきくと、技術員や雑役夫たちは、
「おお、方船!」
「われわれの船」そう叫んで、われ先に、白堊《はくあ》の建物の方へ駈けだした。
「おお、日本の少年。君も、あの方船に乗って難を避けたがいい」老博士は僕を促した。
「博士は?」
「わしは、この人造島と、運命を倶《とも》にするとしようか」
「いけません、博士。僕と一緒に、あなたも、あの方船へ帰らなければなりません」
 僕は、老博士の手を執《と》って、ぐいぐい引張った。
「なるほど、君と一蓮托生《いちれんたくしょう》の約束だったのう。……では、敵も味方
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