て、一路日本へ針路を向けようじゃないか……。なアに、万一、この冒険が失敗したら、そのときは、潔《いさぎよ》く、海中の藻屑《もくず》となったらいい」
「よくわかりました。僕はやります」
「では、君は、夜半に格納庫を襲うてもらおう。わしは、同時刻に動力所を襲うて、彼処《あそこ》を占拠してみせる。君は、格納庫に火を放つのじゃ」
「爆弾がございますか」
「爆弾のような化学兵器が、手に入るくらいなら、こんな命がけの冒険はせんよ。爆弾があれば、宿舎に投げつけて、技術員も、雑役夫も、みんな一気にやっつけることが出来るじゃないか。われわれは、敵に監視されている、全くの無力者だ。そこで、非常手段をとらねばならぬ」
老博士は、僕の耳元へ、秘策を私語《ささや》いた。
格納庫夜襲
遂《つい》に夜襲のときが来た。
海洋の真只中《まっただなか》に浮んでいる人造島が、深い眠りに陥っているところを狙《ねら》うのだ。
白堊《はくあ》の宿舎には、技術員も、雑役夫も、みんな正体もなく眠っている。外部からの襲撃をうける心配のない人造島では、歩哨《ほしょう》も、不寝番《ねずばん》も必要がなく、ただ、動力所だけに、機関士が交替に起きているに過ぎない。
夜半、約束の時刻に、老博士は、研究室の窓の下に佇《たたず》んでいた。そして、僕の姿を見つけると、片手をあげて合図をして、そのまま、風のように動力所の方へ去った。僕も、たった一人で、格納庫焼打に往くのだ。
満天に星はきらめき、空気は水のように澄んでいる。その星の光が、水晶のような氷の肌に、微《かす》かに映えて、あたかも黒曜石《こくようせき》のように美しかった。
海は、はろばろと涯《はて》しもなく、濃紫《こむらさき》色にひろがっていて、何処からか、海鳥の啼音《なきね》がきこえてくる。こんな静かな夜半、決死の二人が、十倍に余る敵を迎えて、これと闘い抜き、人造島を占拠しようというのだ。いや、あと数分ののち、この黒曜石のような美しい氷上が、血の海と化するであろう。このことが、とうてい想像できなかった。
格納庫の附近には、歩哨も、動哨もいはしない。だのに、誰か物かげに潜んでいるようで、不気味だった。僕は、四辺《あたり》に気を配りながら、格納庫の扉《ドア》を開けた。そして携えてきた小さな石油ポンプを、格納されてある飛行機の方に向けた。それから、上着を脱いで、それに石油を浸した。
これで、準備はできたのだ。
「いいか」
僕は、自分自身にこう云って、石油を浸して上衣《うわぎ》に火を点《つ》けると同時に、それを格納庫内の飛行機へ投げつけた。
ボーッ! と、凄《すさ》まじい音を立てて、上衣は燃え上った。
「それッ!」とばかり、僕は、石油ポンプの把手《ハンドル》を力の限り押した。燃え上った一団の火へ、石油を雨のように注いだからたまらぬ。たちまち、格納庫内は、火の海と化してしまった。
「ばんざーい」僕は、興奮して、おもわず万歳を連呼した。連呼しながら、僕は、両頬《りょうほお》に伝う熱い涙を感じたが、それを拭《ぬぐ》おうともせず、なおも石油ポンプの把手を、力のかぎり、根かぎり押した。
と、このとき、はるかに宿舎の方にあたって、
「わア」「わア」という、喊声《かんせい》とも、悲鳴ともつかぬ、人々の叫喚が、嵐のように湧《わ》き上った。格納庫が火を吹いたので、それを発見した一人が、度を失って、人々に告げ廻ったのだろう。人々は、半狂乱になって、我先に、こちらへ駈《か》けてくる。それが、火焔《かえん》の明りではっきり認められた。
僕は、格納庫に十分に火が廻り、三台の飛行機が、威勢よく燃えているのを見済して、動力所の方へ駈けつけた。
格納庫の巨大な建物が、火を吹いているので、その凄まじい大|火焔《かえん》が、水晶のような氷の肌に映じて、実に壮観。絵にも、文章にも、描けぬ光景だと、僕は、振りかえり、振りかえり、それに見惚《みと》れた。
殺到する敵
こちらは、動力所へ駈けつけた老博士である。博士は、低過蒸気機関の前で、椅子《いす》に腰かけたまま、こくりこくり居眠りしている、呑気《のんき》な赤髯《あかひげ》の機関士の前に立って、
「おい、起きろ」と、怒鳴った。不意を喰って機関士は、むっくり顔をあげた。きっと、上役に、居眠りの醜態を見つけられたとおもったのだろう、眼をパチクリさせている。
老博士は、ステッキを、機関士の胸元へ突付《つきつ》けて、いかにも、新しい兵器のように見せかけ、
「これを見ろ、わしのつくった殺人ガス放射器じゃ。よいか、これが怖《おそ》ろしかったら、わしと行動を倶《とも》にしろ」
機関士は、老博士のステッキを、恐ろしい兵器と信じて、恐怖のあまり、わくわく顫《ふる》えながら、両手をあげて、わけ
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