アメリカの兵器会社の技師が発明した人造島で、われわれ技術員は、その耐熱試験をやっているのだ。氷の島が温帯で、いや熱帯圏内に入っても、果して耐久力があるか否かを試験しているのだ。そこで、この島の秘密を、日本の少年に盗まれては、せっかくの、秘密特許の人造島も、無価値になるじゃないか」
「僕は、少年です。断じて人造島の秘密を盗むようなことはありません。日本へ帰るまで、この島に置いてください」
「いかん。君を救けたのは、君の労働力を必要としたからだ。つまり、君に、炊事《すいじ》やそのほかの仕事をして貰《もら》おうとおもったのだが、不幸にして君は、模倣《もほう》の巧みな日本人だったじゃないか、一刻も、この島に置くわけにはいかん」
青年技師は、卓上の呼鈴《ベル》を押した。と、それへ、同じ作業服を着た数名の男が現われた。
「この少年を、追放してくれたまえ」
青年技師は、冷酷無情にも、そう命じると、数名の男は、矢庭《やにわ》に僕の肩や、手をとった。僕はこれまで、幾度か生死の境をとおって来ているので、またも、この奇怪な氷の島から追放され、海へ放り込まれることを、それほど怖《おそ》れなかったが、しかし、何か曰《いわ》くのありそうな人造島の秘密を、何とかして探りたいとおもったので、むざむざと、海へ放り込まれたくはなかった。
「僕は、どんな労働でもやりますから、この島に置いて下さい」扉《ドア》の外へ、つまみ出されるのを拒《こば》んで、こう哀訴したが、青年技師はいよいよ冷酷だ。
「日本の少年なら、いいかげんに観念しろ。……さア諸君、面倒だから、この少年を麻袋に詰めて、海ン中へ叩き込んでくれたまえ」
「オーライ」作業服を着た男たちは、声とともに、寄ってたかって僕を捉《とら》え、用意の麻袋を頭からすっぽり被《かぶ》せてしまった。そして、藻掻《もが》く手足を押込んでしまうと、袋の口を麻縄《ロープ》で厳重に結《ゆわ》いてしまった。ああ、僕は、こんどこそ海底の藻屑《もくず》と消え失せなければならないのか。
やがて、麻袋に詰められた僕は、一人の雑役夫に担がれて、氷の島の岸へ運ばれた。
僕の生命は、風前の灯火《ともしび》だ。
中国服の老人
雑役夫は、麻袋をいったん置くと、こんどは、その両端を二人で持って、高く差しあげた。「ワン」「ツー」「スリー」の号令とともに、一思いにドブンと、海中に投げ込まれようとした一刹那《いっせつな》、
「待て、待ちたまえ」と、皺枯《しわが》れ声が、人々の背後にあった。雑役夫たちは、麻袋をふたたび氷の上に置いた。皺枯れ声の主は、
「その少年を、海へ叩き込むのは、いつでも出来るじゃろ。何しろ、この島じゃ、逃げも隠れも出来まいから、労働を強いてさんざ使ったあとで、海へ棄てても遅くはあるまい」と、云った。
「うん、それもそうだ」青年技師の声だ。
僕は、麻袋からつまみ出された。大理石のような硬い氷の上に立って、ひょいと見ると、皺枯れ声の主というのは、中国服を着て、木沓《きぐつ》をはいた老人だが、中国人ではないらしい。彼は、僕の顔をじろじろ見ていたが、
「とにかく、この少年を、わしの研究室で使うことを許してもらおう。なかなか怜悧《りこう》そうな少年だ」
こう云って、僕の肩を、枯枝のような細い手でつかんで、よろよろと歩きだした。僕は、この老人を、信じてよいのか悪いのかわからなくなったが、とにかく、危い瀬戸際に、少しでも生命を延してくれたので、感謝してもいいとおもった。
研究室は、同じ白堊の建物で独立していた。その一室へ、僕を連込んだ老人は、
「それへ掛けたまえ」と、一脚の椅子《いす》をすすめた。
「何を、お手伝したらいいですか」
「まア、仕事は、だんだんにはじまるよ。きょうは、ゆっくり体を休めたまえ」
なかなか親切だ。が、結局、僕をさんざん使ったあとで、海へ放り込もうというのだから、ピコル船長と五十歩、百歩だとおもった。
「君は、日本人だといったね」
「そうです」
「日本人は、科学の才能において、ドイツ人に劣らぬ。そこで、わしは、わしの研究室の助手として君を所望したのじゃ」
「あなたは、何を研究なさいますか」
「わしは、人造島を研究している」
「あなたは、この氷の島をつくられたのですか」
「そうじゃ」
「人造島というのは?」
「なるほど、少年には殊《こと》のほか、興味があろう。かんたんに説明してあげよう。人造島というのは、ドイツのゲルケ博士の考案したものが始りである。浅い海底へ、組合した太い管《くだ》を、無数に取付け、それに海水を凍らせる凍結剤を、絶えず送るという仕組になっている。つまり、そうして海上に、ぽっかり氷の島を浮べ、飛行機の着陸場にしようというのじゃ。ところが、わしの人造島は、浅い海ではなく、太平洋の真ン中でも、
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