るかね」
「海へ飛込んで、海中深く潜りながら、大渦巻の圏外へ脱れるのさ。僕は、鉄の心臓の所有者だから、一気に脱れ出られるとおもうよ」「だが、この大渦巻は、表面だけではないのだぜ。きっと、海底まで、渦を巻いているよ。だから、海へ飛込んで見給え。忽《たちま》ち、海中へ捲《ま》き込まれるにきまっているさ」
「なるほど。そうだ」先刻から、何事かじいっと考え込んでいた老博士は、僕等に向って、
「君たちは、それほど、生きたいのか。……では、この幽霊船を脱れる工夫をするがいい」
「それが出来ますか」陳《チャン》君は、息をはずました。
「君は、海へ飛込もうといったが、それは無茶だ。海よりか、大空へ脱れる方が、はるかに容易じゃないか。大空には、こんな渦巻がないだろう」
「ああそうだ。大空へ脱れよう。……でも、博士。翼もない僕等は、どうして大空へ脱れることが出来ますか」
「それを考えるのさ」老博士は、泰然として云った。

     別離の悲しみ

 僕は物凄く渦巻く海面を見ていて、悠々とひろがる大空を見上げなかったのだ。海上を脱れ出ることが不可能だとあきらめる代りに、大空は、僕を救おうとして、手を伸べて待っている。こう考えたとき、僕は、独楽《こま》のように、ぐるぐる廻る幽霊船の甲板で、大空へ脱れ出る方法について、工夫を凝《こら》すだけの、心の余裕を生じた。
 老博士の指図にしたがって、一個の飛行機を建造しつつあるのだ。飛行機! 冗談いっちゃいけない。飛行機をつくる材料など、何一つない、北洋通いのどろぼう[#「どろぼう」に傍点]船ではないか。空想しただけでも、おかしいではないかと、笑うかも知れない。では、飛行機といわず、単に飛翔機《ひしょうき》といおう。幽霊船の甲板で、独楽のように、ぐるぐる廻りながら、苦心|惨憺《さんたん》して製作しているのが、この飛翔機だ。いやむしろ、風船といった方がいい。
 幸い、二人の科学者が、協力してくれる。科学者は、不可能なことを可能ならしむるに妙を得た神人だ。殊に老博士は、人造島を創案した大科学者だ。彼は幽霊船中にある帆布《はんぷ》や、麻布を、僕等に集めさした。それを縫合《ぬいあわ》すのは、生理学者の怪老人の仕事だった。そのままに、僕等は、船内を隈《くま》なく探し廻って、蝋《ろう》や、ゴム類を夥《おびただ》しく集めて来た。
「それを、麻布に塗りたまえ」
 老
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