たことだが、これが余りに突然だったので、人々は色を失って、われ先にと、戸外へ飛出した。彼等は、氷上を右往左往した。なかには、動力所の屋根へよじ登ろうとする者、相抱いて泣いている者もある。いやはや、白人共の、狼狽《ろうばい》ぶりは、滑稽《こっけい》なくらいだ。
「氷が溶けるのは、当然ではないか。周章《あわ》ててはいけない」老博士は、人々をかえり見《み》て、こう戒《いまし》めるが、刻々に迫る死を怖れて、人々は、なおも、右往左往して悲鳴をあげている。老博士は、木沓《きぐつ》の先でコツコツ氷を叩いてみて、僕をかえりみて云った。
「うむ、なるほど、凍結剤の効力が失われると、あれほど硬かった氷も、このとおりだ」
それは、自分の創案した人造島の、溶け失せるのを悲しむというよりか、化学の偉力のおそろしさを証し得たことを悦《よろこ》ぶ、会心の笑いだった。
そういううちにも、人造島は、刻々と溶けてゆく。海中に没している部分はもちろんのこと、表面も、周囲も、急速度に溶けつつある。
「救《たす》けてくれい」
「ああ……」技術員も、雑役夫たちも、今は全く手の下しようもなく、悲鳴をあげていたが、やがて彼等は、ぞろぞろと、博士の方へやって来た。
彼等は、老博士を取巻いて、哀願した。
「博士。どうか、われわれを救ってください」
「われわれの生命《いのち》をたすけてください」
「おねがいします」果ては、彼等は、溶けゆく氷の上に膝《ひざ》をつき、手をついて、老博士に哀訴した。
博士は、微笑をうかべたまま、
「生命が惜しかったら、わしの云うとおりになるか」
「なります」
「救けてください」
「では、あの白堊の建物へ帰りたまえ。あの建物は、島が溶けても、波に浮ぶだろう。あれは創世記の方船《はこぶね》だ」これをきくと、技術員や雑役夫たちは、
「おお、方船!」
「われわれの船」そう叫んで、われ先に、白堊《はくあ》の建物の方へ駈けだした。
「おお、日本の少年。君も、あの方船に乗って難を避けたがいい」老博士は僕を促した。
「博士は?」
「わしは、この人造島と、運命を倶《とも》にするとしようか」
「いけません、博士。僕と一緒に、あなたも、あの方船へ帰らなければなりません」
僕は、老博士の手を執《と》って、ぐいぐい引張った。
「なるほど、君と一蓮托生《いちれんたくしょう》の約束だったのう。……では、敵も味方
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