着を脱いで、それに石油を浸した。
これで、準備はできたのだ。
「いいか」
僕は、自分自身にこう云って、石油を浸して上衣《うわぎ》に火を点《つ》けると同時に、それを格納庫内の飛行機へ投げつけた。
ボーッ! と、凄《すさ》まじい音を立てて、上衣は燃え上った。
「それッ!」とばかり、僕は、石油ポンプの把手《ハンドル》を力の限り押した。燃え上った一団の火へ、石油を雨のように注いだからたまらぬ。たちまち、格納庫内は、火の海と化してしまった。
「ばんざーい」僕は、興奮して、おもわず万歳を連呼した。連呼しながら、僕は、両頬《りょうほお》に伝う熱い涙を感じたが、それを拭《ぬぐ》おうともせず、なおも石油ポンプの把手を、力のかぎり、根かぎり押した。
と、このとき、はるかに宿舎の方にあたって、
「わア」「わア」という、喊声《かんせい》とも、悲鳴ともつかぬ、人々の叫喚が、嵐のように湧《わ》き上った。格納庫が火を吹いたので、それを発見した一人が、度を失って、人々に告げ廻ったのだろう。人々は、半狂乱になって、我先に、こちらへ駈《か》けてくる。それが、火焔《かえん》の明りではっきり認められた。
僕は、格納庫に十分に火が廻り、三台の飛行機が、威勢よく燃えているのを見済して、動力所の方へ駈けつけた。
格納庫の巨大な建物が、火を吹いているので、その凄まじい大|火焔《かえん》が、水晶のような氷の肌に映じて、実に壮観。絵にも、文章にも、描けぬ光景だと、僕は、振りかえり、振りかえり、それに見惚《みと》れた。
殺到する敵
こちらは、動力所へ駈けつけた老博士である。博士は、低過蒸気機関の前で、椅子《いす》に腰かけたまま、こくりこくり居眠りしている、呑気《のんき》な赤髯《あかひげ》の機関士の前に立って、
「おい、起きろ」と、怒鳴った。不意を喰って機関士は、むっくり顔をあげた。きっと、上役に、居眠りの醜態を見つけられたとおもったのだろう、眼をパチクリさせている。
老博士は、ステッキを、機関士の胸元へ突付《つきつ》けて、いかにも、新しい兵器のように見せかけ、
「これを見ろ、わしのつくった殺人ガス放射器じゃ。よいか、これが怖《おそ》ろしかったら、わしと行動を倶《とも》にしろ」
機関士は、老博士のステッキを、恐ろしい兵器と信じて、恐怖のあまり、わくわく顫《ふる》えながら、両手をあげて、わけ
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