て、一路日本へ針路を向けようじゃないか……。なアに、万一、この冒険が失敗したら、そのときは、潔《いさぎよ》く、海中の藻屑《もくず》となったらいい」
「よくわかりました。僕はやります」
「では、君は、夜半に格納庫を襲うてもらおう。わしは、同時刻に動力所を襲うて、彼処《あそこ》を占拠してみせる。君は、格納庫に火を放つのじゃ」
「爆弾がございますか」
「爆弾のような化学兵器が、手に入るくらいなら、こんな命がけの冒険はせんよ。爆弾があれば、宿舎に投げつけて、技術員も、雑役夫も、みんな一気にやっつけることが出来るじゃないか。われわれは、敵に監視されている、全くの無力者だ。そこで、非常手段をとらねばならぬ」
 老博士は、僕の耳元へ、秘策を私語《ささや》いた。

     格納庫夜襲

 遂《つい》に夜襲のときが来た。
 海洋の真只中《まっただなか》に浮んでいる人造島が、深い眠りに陥っているところを狙《ねら》うのだ。
 白堊《はくあ》の宿舎には、技術員も、雑役夫も、みんな正体もなく眠っている。外部からの襲撃をうける心配のない人造島では、歩哨《ほしょう》も、不寝番《ねずばん》も必要がなく、ただ、動力所だけに、機関士が交替に起きているに過ぎない。
 夜半、約束の時刻に、老博士は、研究室の窓の下に佇《たたず》んでいた。そして、僕の姿を見つけると、片手をあげて合図をして、そのまま、風のように動力所の方へ去った。僕も、たった一人で、格納庫焼打に往くのだ。
 満天に星はきらめき、空気は水のように澄んでいる。その星の光が、水晶のような氷の肌に、微《かす》かに映えて、あたかも黒曜石《こくようせき》のように美しかった。
 海は、はろばろと涯《はて》しもなく、濃紫《こむらさき》色にひろがっていて、何処からか、海鳥の啼音《なきね》がきこえてくる。こんな静かな夜半、決死の二人が、十倍に余る敵を迎えて、これと闘い抜き、人造島を占拠しようというのだ。いや、あと数分ののち、この黒曜石のような美しい氷上が、血の海と化するであろう。このことが、とうてい想像できなかった。
 格納庫の附近には、歩哨も、動哨もいはしない。だのに、誰か物かげに潜んでいるようで、不気味だった。僕は、四辺《あたり》に気を配りながら、格納庫の扉《ドア》を開けた。そして携えてきた小さな石油ポンプを、格納されてある飛行機の方に向けた。それから、上
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