まで射殺して、たった一人で、太平洋を漂流するなンか、心細いだろう」
 豹のような水夫は、肯《うなず》いて、僕等の麻縄を解きはじめた。

     怪老人の冷笑

 麻縄を解かれて、やっと自由になった。僕も、陳《チャン》君も、雀躍《こおどり》して、中甲板を飛び廻った。
 と、豹のような水夫は、何をおもったか、不意にまた、陳君の背後に、ピストルの銃口を向けた。
「あッ! あぶない」
 僕は、おもわず絶叫したが、すでに遅かった。兇暴な水夫の放った一弾が、陳君の左肩《さけん》を貫通した。
「あッ!」
 と一声、悲鳴をあげて、陳君は、よろよろとその場に倒れてしまった。
「卑怯《ひきょう》だ!」
 僕は、水夫を睨みつけながら、駈け寄って陳君を抱いた。
「しっかりしろ。傷は浅いぞ」
 血に染った陳君は虫の息で、
「や、山路君。……く、口惜《くや》しい」
「しっかりしろ」
「おなじ、東洋人に、や、やられるとは、……く、口惜しい」
「陳君! か、讐《かたき》は討ってやるぞ。しっかりしろ」
「た、たのむ……。もう、僕は、だ、駄目だ……」
 陳君は、僕の手を、かたく握り締めたが、しだいにその力が失われ、ぐったりとなってしまった。
「しっかりしろ」
 僕は、猛然と立ち上った。
「何故、罪の無い陳君を射殺《うちころ》したのだ」
 豹のような水夫は、ピストルを、僕の胸板《むないた》に突《つき》つけたまま、
「陳の奴は、油断がならねえからやっつけたのだ。小僧、てめえだけは、たすけてやろう」
「いや、断じて妥協はせんぞ。陳君の讐を討ってやろう」
「ハハハハハ。無手《むて》で、このピストルに立向うつもりかい。いくら、日本の少年でも、そいつはいけねえ。乃公《おれ》に降伏しろ」
「黙れ! 日本男児の、鋼鉄のような胸を、射貫《いぬ》けるものなら、討ってみろ」
「ハハハハハ。慈悲をもって、たすけてやろうとおもったが、陳と一緒に、冥途へ往きていなら、一思いに眠らしてやるさ。観念しろ」
 豹のような水夫は冷笑をうかべて、ピストルの引金に指をからませた。
 と、このとき、何処《どこ》からか、不意に、
「ワハハハハハハ」
 と、突破《つきやぶ》ったような笑声が起った。それは、豪快な笑いにかかわらず、僕にも、豹《ひょう》のような水夫にも、死人の笑いのように冷たくきこえたので、振りかえった。
 おおそこには、いつのまに
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