厭《いと》わず、血みどりの体を抱き起して、蕾《つぼみ》のような口元を耳の傍へ付けて、自分の名を呼んだ時の貌、その貌はありありと目に見える,それに領は、どうしても、たッた今まで抱えられていたような気がする、そッと領へ手をやッて見ると、温かい,静々室の内を見廻わして見たが、どうも娘がいたようで、移り香がしているような気がする、さアそう思うと、気が休まらぬ。床の上へ起き直ッて耳を清《すま》して見ると、家内は寂然《しーん》としていて、鼠《ねずみ》の音が聞えるばかり……自分はしばらく身動かしもせず、黙然としていたが,ふと甲夜《よい》に聞いたことを思い出して、また何となく悲しくなッて来た。
 さて翌日となッた,明日の晩は叔父も娘も船路で江戸へ帰るから、今宵一夜が名残りであると、わずか十里か十五里の江戸へ往くのを天の一方へでも別れるように思ッて、名残りを惜しむ一同が夜とともに今宵を話し明かそうと、客座敷へ寄り集まッた。自分は悲しさやる方なく、席へ連なるのも気が進まぬゆえ、心持がわるいと名を付けて、孤燈の下にわが影を友として、一人室の中ですねていた,が暫時はこうしていたようなもののそのうちに、娘はどう
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