は聞かれない,しかしかくいう白頭の翁《おきな》が同じく石の下に眠るのも、ああもウ間のないことであろう。まことに人間の一生は春の花、秋の楓葉《もみじ》、朝露《ちょうろ》、夕電《せきでん》、古人すでにいッたが、今になッてますますさとる。初めて人をなつかしいと思ッた、その蕾《つぼみ》のころはもちろん、ようよう成人して、男になッて、初めて世の中へ出た時分は、さてさて無心なもの気楽なもの、見るもの聞く物皆頼もしい,腕はうなる、肉はふるえる、英気|勃々《ぼつぼつ》としてわれながら禁ずることが出来ない,どこへどうこの気力を試そうか、どうして勇気を漏らそうかと、腕をさすッて、放歌する、高吟する、眼中に恐ろしいものもない、出来なさそうな物もない、何か事あれかし、腕を見せようと、若い時が千万年も続くように思ッて、これもする、あれもしたいと、行末の注文が山のようであッたが,ああその若い時というは、実に、夏の夜の夢も同然。光陰矢のごとく空しく過ぎ、秋風|淅々《せきせき》として落葉の時節となり、半死の老翁となッた今日、はるかに昔日を思い出《いだ》せば、恥ずべきこと、悲しむべきこと、ほとんど数うるに暇《いとま》がない。ああ少年の時に期望したことの中で、まア何を一ツしでかしたか,少壮のころにさえ何一ツ成し遂げなかッた者が、今老いの坂に杖突く身となッて、はたして何事が出来ようぞ,もはや無益《だめ》だ。もはや光沢《つや》も消え、色も衰え、ただ風を待つ凋《しお》れた花,その風が吹く時は……



底本:「日本の文学 77 名作集(一)」中央公論社
   1970(昭和45)年7月5日初版発行
初出:「都の花」
   1889(明治22)年1月
※白抜きの読点をコンマ「,」で代用しました。
入力:土屋隆
校正:小林繁雄
2006年6月27日作成
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