ウうッとりとして、嬉しさの余り手を叩《たた》きたいほどであッた。
「お姉さま、折方を教えて下さいな」
それから自分は折方を習ッて、二三度試して見たが出来なかッたので、娘は「ほんとうにこの子は不器用な人だ」と笑いながら、いやというほど自分の手を打ッた,痛かッた、痛さが手の筋へ染《し》み渡ッた,が痛さと一しょに嬉しさも身に染み渡ッた,嬉しいから痛いのか、痛いから嬉しいのか? 恐らく痛いから嬉しいので……まアどうでもいいとして、痛さが消えぬように打たれたところをそっと撫でた。
ここへ姉がはいッて来て、
「秀さん何をしておいでだ」
娘はにっこりして姉に向い、
「どうもこの子は不器用でいけません」
「こんなものは出来なくッてもいいや」
「出来なくッてよければ、なぜ教えてくれと言いました? わがままッ子め!」
娘は口元で笑いながら額越しに睨《にら》む真似をした,自分はわがまま子と言われるのよりは、何とかほかの名を附けてもらいたかッた。
その夜のことで、まだ暮れてから間もないころ自分は何の気もなしに、祖母の室へ遊びに往ッた、すると祖母を始めとして両親もおれば叔父も娘もいて何か話していたが,自分を見ると父が眉に皺《しわ》を寄せて,「あちらへ往ッておいで。子供の聞くような話ではない」ときっとして言ッた,が自分はこの場の様子を怪しんで、物珍らしい心から出るのを少し躊躇《ちゅうちょ》していると,娘が貌をふり上げて清《すず》しい目で自分を見た、その目の中には、「早く出て往ッて……」というような風があッた。ちょっと見た娘の一目は儼然《げんぜん》として言われた父の厳命より剛勢だ、自分は娘の意に従いすぐに室を出たが、それでも今室へはいッた時ちらりと皆《みんな》の風が目に止ッた。父は叔父に向ッて、「さようさ、若年にしてはなかなか感心な人で」などと話していた,また娘は下を向いて膝《ひざ》を撫でていると、祖母と母とが左右からその貌を覗《のぞ》き込んで、何をか小声でたずねていた。自分は室を出てから、何を皆は話しているのか、なぜまた自分がいてはわるいのか? と思ッたが、なアに、思い込んだのではない、ほんの目の前を横ぎる煙草の煙《けぶり》、瞬《めばた》きを一ツしたらすぐ消えてしまッた。
元来この日は、自分は何となく嬉しくいそいそとしていた、しかし何ゆえ嬉しかッたのかその理は知らなかッた、が何がな
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