唄《うた》と舞踊とが、何の感興もなく初まって何の感興もなく終った。それだのにそれが済むと、席は待ち構えていて拍手|喝采《かっさい》した。それらがすべて馬鹿馬鹿しく見えてならなかった。自分の膳《ぜん》の中にはいつも盃《さかずき》が二ツ三ツあった。お酌してくれる者があるままに自分はぐいぐいあおっていた。しかしその間にも自分の目、自分の耳は数限りもない小さな細々した不愉快と忌々しさとを見聞した。例えば俗悪なる階級的気分、高慢、追従《ついしょう》、暗闘、――それから事務員某の醜悪見るに堪えないかっぽれ踊[#「かっぽれ踊」に傍点]り、それから、そうだ、間もなく誰かと何かしきりに罵《ののし》り合ってあげくの果てが殴《なぐ》り合いとなり、皿《さら》類のこわれる音、……その争いがまたいろいろのこんたん[#「こんたん」に傍点]を含んでいるので、外務主任のKが社に不平を持っていて?ニしてそんな幕を演じさせたのだとか……自分はもう大分酔っていた。自分の前後左右が無性と愚劣に見え出して来た。馬鹿馬鹿しいのを通り越して一切がただもう面倒くさくてしようがなかった。その時ふと目をあげると、自分の前に一人の雛妓が――初子とかいう名だった。――両手を膝《ひざ》の上へきちんと重ねて坐っていた。自分はふらふらと立ち上ってその妓の背後から肩を両手で抱くようにして、嫌《いや》がるのを無理に頬辺へ接吻《せっぷん》してやった。……それから誰か二三人と隅《すみ》の方へ陣取って大いに飲んだ、その時、誰だかが、何のことだか、「……それは世界の大いなる皮肉で、それは何ものかに対しての大いなる攻撃であらねばならぬ」こんなことを叫んでいたのを覚えている。……そしてそれから、……
 どうしてもこの先がはっきりしない。
 部屋を二つほど隔てたと思われるあたりに時計が四時を報じた。どこか板敷きの床の上をコツコツと歩く靴《くつ》の音がして、やがて奥の方で、「△△君、○○君、交代!」という声がした。しばらくするとまた前と同じような靴の音がコツコツとして、そのあとはまた以前と同じような寂寞《せきばく》に帰った。
 今までつい気がつかずにいたが、家のすぐそとに何やらさらさらと水の流れる音がしている。耳を澄ますと、時々舟が通るのかひたひたという波の音も聞えてくる。
 彼は起き上って一方の壁に身を寄せて、今さらのようにつくづくあたりを見廻し
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