歩きの記者たちの卓がずらりと規則正しく列べられてある。そのあたりには絶えず煙草《たばこ》の煙が朦々《もうもう》と立ちあがり、雑然とした話し声、何か急を報ずる叫び声、電話をかける間《ま》ののびた話し声、――それらに混じって誰がやっているものか朝から晩まで碁を囲む音がいかにものんきそうに、社の誰やらがよく言う「動中静あり」という言葉のようにパチリパチリと聞えている。
 曽根は幸いその日は割り当てられる仕事がなかったので、煙草をふかしながらあたりを眺《なが》めまわしていた。
(事によったらこの部屋も今日が見おさめになるかも知れない)こんな気がして今さらのようにつくづくとあたりを見た。壁、窓、カーテン、天井、天井からぶら下がっている幾つかの電燈、隅々の戸棚《とだな》、蓋《ふた》のしてある暖炉、大きな八角時計、晴雨計、寒暖計、掲示板、――壁にはところどころに何者の趣味だか、いや何の意味だか呉服店だのビール会社だのの広告絵、大相撲《おおずもう》の番附などが麗々しく貼《は》られてある。と思うと、万国地図、日本地図、東京地図などが不秩序にあちらに一ツこちらに一ツばらばらに懸《か》けられてある。また、何者の筆になったか判明しない怪しげな骨董絵《こっとうえ》の軸などもさがっている。中にはつい四五日前に新たに懸けたのもあれば、また十五年もそれよりも前からそこにぶら下げてあるようなのもあった。彼はそれらを一ツ残さず隅から順々に眺めて行った。しかし何一ツとして彼の心をひくものはなかった。それらのものからは何らの親しみも、何らのゆかしさも感ずることができなかった。
 次ぎに彼はその眼を、順よく向い合わされて並んでいる幾列かの卓に転じた。各列の一番むこうのはずれに各その面《めん》の主任がおり、それから主任助手、主任次席、以下△△係、△△係といった風にちゃんと各自その定められた席について各自割り当てられた仕事をしている。卓の上は南京鼠《なんきんねずみ》の巣でもひっくり返えしたようにどこもここも散らかっていた。原稿の書きそこないを丸るめたのや、煙草の灰、新聞のきれ屑《くず》、辞書類の開らきっぱなしになっているのや、糊壺《のりつぼ》、インキのしみ、弁当をたべた跡、――割箸《わりばし》を折って捨てたのや、時によると香の物の一切れぐらいおちたままになっていることも珍らしくない。――お茶の土瓶《どびん》、湯
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