さしたつけよ。」と、今度は後の方で、誰か女の人が云つた。
「それに八十二だつて云や、年齢《とし》に不足はねえんだからの、まあ、目出度《めでて》え方なんだ。」
「ほんだてば。」
「八十二でゐさしたつて、え?」
「あ、さうだ、と。」
「ほう、それにしちや、まあ、とんだ岩畳《がんでふ》なもんだつたの! 仕事ぢや、何をやらしても若いもんと同じこんだつた。」
 縛《いまし》めからでも解かれたやうに、一同は急にくつろいで、陽気に、がやがやとしやべり出した。「やれやれ!」といつたやうに大きな吐息を洩《もら》すものさへあつた。
 風のない、ぽか/\する上天気である。収穫前の田畑はいづれも豊かに、黄に、褐色《かつしよく》に、飴色《あめいろ》に色付いてゐた。あたりには、赤とんぼの群がちら/\と飛んでゐた。その或るものは、歩いてゐる青竹に、朱傘に、柩にとまつたりした。
 チン! カン! ボン!
「爺さんな、今ごろ、どの辺を歩いて居られることやら?」
 突然、真中あたりで、こんなことを云ひ出したものがあつた。と、それが、ちやうど波紋かなどのやうに、順々に前後に拡つて行つた。
「三途《さんづ》の川《かは》あたりだらうかなう?」
「なんぼ足が早いつたつて、十万億土つていふから、さうは行かれめえてば。」
「なあに、さうでねえと。瞬《まばた》きしるかしねえうちに向ふへ行きつくもんだつてこんだ。」
「そんな事だつたら、何で脚絆《きやはん》だ、草鞋《わらぢ》だつて穿《は》かせてやることがあらうば。」
「七日七夜の間は、魂が、まだ家のまはりに止つてゐるもんだつてこんだよ。」
「さうだかも知れねえ。」
「どれが当つてゐるか、坊様にお尋ね申してみるが、いつちいゝ。」
 話の波が、また中央《まんなか》へ復《かへ》つて来た。が、頭を青々と剃立《そりた》てた生若《なまわか》い坊さんは、勿体《もつたい》ぶつた顔にちよいと微笑を浮べただけで何とも答へなかつた。
 しかし、そんな事には一向|頓着《とんぢやく》なく、別な新しい話が、もう、別なところで持ち上つてゐた。
「爺さんな、わるくすると、地獄街道をどん/\行つてしまつたかも知れねえてば。」
「なんしてや?」
「極楽の道は人通りがすくねえんで草だらけだつてこんだからなう。」
「呑気《のんき》もんだから、そんなことに気がつかれめえも知れねえ。」
「さうだてば、真直《まつ
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