見て何だらうとのみ思うてゐた。そしてそれが皆松の花粉であるといふ事を知つた時に、それを親しく指先につけてみたりして興がつた。

       四

 彼はその秋にまた、裏の畑を半町歩ばかりつぶしてそこへ小松を植ゑた。その翌年にも又小松を百本ばかり植ゑた。こんな事をしてゐるうちに、第一年に植ゑた小松はもうその当時の高さの二倍にも三倍にも延びて行つた。風が吹けば一人前に蕭々《せう/\》として鳴るやうになつた。
 そしてそれにつれて老医師の考へもこの頃では大分最初と変つてゐた。彼はこの松林を只《たゞ》庭として賞《め》でようなどと云ふ考からは遠く離れてゐた、彼は誰にもそんな事は口外したことはないが、心の中ではかう思うてゐるのである、自分はこの松林の中へどこか自分の一番気に入つた所を選んで、そこへ自分の墓をたてよう、真白ろの大理石で墓をたて、その下に心静かに休みたい。永久に。――彼はこの頃|夜更《よふ》けて、物静かに鳴り渡る松風の音を聞きながら、あの下に、あゝあの下に、かう思ふのが何よりの楽しみであつた。冬になれば広い松林の上へ真白ろな雪が降るであらう。そして、この林の木がもつと/\大きくなつて行つたら――そんな遠い後の事も思うてみた。或時は又、彼の頭の中でその真白な墓の数が幾つにも殖《ふ》えた、自分の妻と、自分の子供達の数だけの墓を列《なら》べて考へたりもした。そしていつも最後には松風の音で自分の空想を句切るのが常であつた。

       五

 それから又八九年|経《た》つた。老医師の頭には真白な毛が過半を占めるやうになつた。今こそ彼には何の不足もなかつた。自分の子達は何れも人並すぐれて立派な出世を遂げ、幸福な内に益々《ます/\》その進むべき道に発展してゐる。可愛い孫の数も十位を以て数へなければならない程に増《ふ》えた。そして松の木も今は皆見事に大きくなり、梢《こずゑ》の方に赤い肌《はだ》を見せたりして仰ぎ見るばかりに堂々たるものとなつた。
 自分の墓を立てる処もちやんと定《き》まつてゐる。真白な大理石の可愛らしい、美しい墓石もちやんと準備が出来てゐる、墓に関してのすべての遺言状も何遍となく浄書し直して、自分の文庫の中に丁寧に蔵《しま》はれてある。
 彼は毎日庭の掃除をしたりして、只管《ひたすら》死病の自分に来るのを静かに待つてゐるのであつた。彼にとつては、かの物静かな
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