い出したように急に窓のところへ行って、そこから母屋《おもや》の方へ向って小間使のお志保を呼んだ。そして手真似で何かを命じた。すると間もなくそこへ美しく熟した水蜜桃《すいみつとう》の数個が盆に載せられて運ばれて来た。
 房子は、その中から一つを手に取って、
「家の畑でできたのよ。」と云った。それは「妾《わたし》の栽培している樹に生《な》ったのよ。」と云う意味を十分匂わせたつもりだったが、他の事に思い耽《ふけ》っていた庸介にはそれが少しも通じなかった。
 沈黙があった。四囲の樹々の葉蔭を通して涼しい風がそこへ流れ込んでいた。房子はたちまち退屈を感じて来た。庸介はすぐとそれに気がついたので、
「さあ、話しておくれ。ね、房子。家の事を、お前の事を、すっかり。」と、まるで妹の機嫌でもとるように口を開いた。
 そこで房子は話し出した。
 今年の春、庸介のすぐ下の妹の政子(此所から七里ほど離れた村の、ある豪家へ縁付いている)が一度訪ねて来た事、その長女が今年四つで、まあ、それは可愛らしい児である事、それが房子を「おばちゃん! おばちゃん!」と云って、どんなに仲よく自分と遊んだかという事。それから去年
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