の夏、裏の畑の中へ灌水用の井戸を掘ったところが、そこから多量に瓦斯《ガス》が出だして、あまりたくさんに出るままにタンクを据えつけて、今でもそれで台所の煮焼から風呂場まで使ってそれでもまだ余るほどであるという事や、つい先達《せんだって》、家の前を流れている△△川が近年にない大洪水になって、ちょうどこの村の向岸が破堤して、凄まじい響を立てて轟々と落ち込む水の音が、三日三晩も続いて、それがどんなにか自分には恐ろしく感じられたかと云う事やを熱心に語り続けた。しかし、最後に彼女は、
「妾《わたし》だって、ついこの四月までは女学校の寄宿舎でばかり暮らしていたんですもの。そんなに、いろんな事はよくは知らないわ。」と、つけ加えた。
 庸介の頭は、まるで乾ききっている海綿が、水の中へ入れられてもすぐに水を吸いこまないように、今、妙に落ち付かない心持ちのために、妹のこれらの言葉には何の交渉をも持ち得なかった。その代りに彼は、妹の頬に浮んでいる美しい赤い血の色や、よく潤《うるお》うている口の中や、その奥で見え隠れしている宝玉のような光沢を持った純白な歯やに我れにもなくじっと見入っているのであった。そして無意
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