る事とてさして気にも掛けなかった。ところが、都会の学校生活を終って来たばかりの房子には、それが酷《ひど》く気に入らなかった。何かにつけてそれを云い出した。
「厭《いや》だわ! ほんとに。……妾《わたし》にはとても我慢ができない!」
 そしてそれを云う時にはいつも眉を顰《しか》めて、ほとんど泣き出しそうにした。
「ほんとにうるさい[#「うるさい」に傍点]んでございますよ。昨夜なんかも終夜雨戸のそとでごとごと[#「ごとごと」に傍点]やっているんですもの。」こんな事を女中達が云う事があった。しかし、その口振りには何となくそれほど気にしているらしくもないので、それが房子には酷《ひど》く不審に思われた。
「どうかできないんですの?」
 こう彼女はよく父や母に訴えた。
 ある家では、乱暴にも女中部屋の窓を打ち破って闖入《ちんにゅう》した者があった。そこの家では、困り果てたので大きな犬を他家から貰って来て飼った。すると、一週間も経たぬうちにその犬は村の若い者どものために人知れず殺されてしまったとの事であった。こんな噂さが房子の耳にも入った、房子は歯を喰いしばって身を慄《ふる》わした。顔色が蒼くなった
前へ 次へ
全84ページ中69ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
相馬 泰三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング