しずしず》として彼に襲いかかって来た。山の頂には、彼一人のほか誰の姿も見られなかった。彼の思いは、ほかの何者でもない自分自身の上に突き進んで行った。最初に彼は自分の貧弱と、それから漠としたある空虚とを感じた。そしてそれはついに最後まで変わる事なく続いて行ったところのものであった。
「俺というこの人間はいったい何なのだ。何をしているのだ。嘗《か》つて何をしたか。そしてこれから先、何をしようとしているのか。……」
「俺が今、この岩蔭に身を隠したとする、そうしたら誰がこの俺を探しに来る?……」
「ここで今、俺がピストルかなんかで胸を貫いて死んだとする。そうすればどうなるというのだ。……房子が泣くであろう。母と父とが泣くであろう。それが何日続くか。……そしてそれはいったい、何の為めに泣くのか……」
「いったい、この俺という存在に何の意味があるのだ。何を意味しているのだ。ほんとに、この俺という存在にどういう価値があるのだ。……全実在と俺とはどういう点で結びつけられているのだ。……俺でないところの大きな実在が、今、かくのごとく明らかに見えている。」
 こう云ったような事が、いろいろに縺《もつ》れ合
前へ 次へ
全84ページ中60ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
相馬 泰三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング