まるで出入の呉服屋から来た端書を見た時くらいの表情しか見ることができなかった。
房子は、母の心をはかりかねて、いかにも不安そうに、
「お母さん!」こう呼びかけた。
「はい。」
母の声は、いつもに変るところなく少しの濁りもなかった。
「どうなるのですの?」
「そんなに気をもむ[#「もむ」に傍点]事なんか少《ち》っとも無いんですよ。お前はもういいんだから、あっちへ行っておいで。」
「でも、わたし……。」
「どうしたの? お前、母さんがいいようにして上げるのだから、お前なんかが心配などするのではありませんよ。ね、房子。――それから、兄さんが目を覚ましたら此室《ここ》へ来てくれるようにって云っておくれ。誰にも知れないように、そっと云うのですよ。」
房子は、これでやっと安心して母のそばを離れた。
庸介が、母の前へ坐った時、母はすぐに口を開いた。何の修飾するところもなく、きわめて直接に、
「お前は、何か至急にお金の入用な事がおありなのでしょう。……それはいくらあれば良いのだか云いなさい。」こう云うのであった。この簡潔な母の一言は彼を動かすに十分であった。そして、そこには何等の説明もなしに彼
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