割の中を、雪解《ゆきげ》の水が押合ふやうにしてガボン/\流れてゐた。
二
地面は、燃えるやうな憧憬《しようけい》を持つた青年を新らしく主人に迎へて喜こび、且つ彼を愛してゐるやうでもあつた。
新らしく植付けられた林檎や葡萄《ぶだう》や実桜《さくらんぼ》の苗は何《いづ》れも面白いやうにずん/\生長《おひの》びて行つた。下作《したさく》として経営した玉葱《たまねぎ》やキャベツの類《たぐひ》もそれ/″\成功した。
農林学校|出身《で》の、地主の悴《せがれ》の欣之介《きんのすけ》は毎日朝早くから日の暮れるまで、作男の庄吉を相手に彼の整頓《せいとん》した農園の中で余念なく労働した。玉葱やキャベツの収穫時《とりいれどき》には、彼の小さな弟や妹たちまで尻《しり》つ端折《ぱしをり》をして裸足《はだし》で手伝ひに出かけた。玉葱を引抜いたり、キャベツを笊《ざる》に入れて畑から納屋《なや》へ運んだりした。燥《はし》やぎのジム(飼犬《いぬ》の名)が人々の後を追ひかけ廻つて叱《しか》られたり、子供たちが走つて転《ころ》んで収穫物《とりいれもの》が笊の中から飛び出して地べたをころ/\ころがりあるいたり、……そんな日には家中《うちぢゆう》に愉快な、生々とした気分が漲《みなぎ》りあふれた。そんな騒ぎのあと四五日すると、いつも町から、近くの軍隊へ野菜類を納める御用商人の一人が荷馬車を持つてやつて来た。そして、山のやうに積んである納屋の収穫物《しうくわくぶつ》を綺麗《きれい》に持つて行つてしまふ。とその晩には、きまつて作男の庄吉が酒をのんで、酔払つて、可笑《をか》しな唄をうたつたりして家の者を笑はした。
欣之介は或日、――それは麦打のすんだ後で、農家の周囲《まはり》には到《いた》る処《ところ》に麦藁《むぎわら》が山のやうに積んである頃のことであつた――庄吉と二人で農園の一つの隅《すみ》へ小さな小舎《こや》を一つ建てた。丸太を組合せて骨を造り、赤土を捏《こ》ねて壁を塗り、近所から麦藁を譲つて貰《もら》つて、屋根を葺《ふ》いた。そして、それが出来上ると其《その》翌日、七里も先方《さき》に在《あ》る牧場《まきば》へ庄吉をつれて行つて、豚の仔《こ》を一番《ひとつがひ》荷車に乗せて運んで来た。彼は又優良な鶏《とり》の卵を孵化《かへ》して、小作人たちの飼つてゐる古い、よぼ/\の、性質《たち
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