ありました。何等の関係のない一私人が文部省に対して『貴省の留学生夏目が発狂した……』と打電したなら其こそ本気の沙汰ではありますまい。文部省にせよ、何省にせよ、省の官命に因て派遣された者の行動に関し消息に関して督学官に非ず監督官にあらず一私人が本省に打電するといふべきことはあり得べきことでせうか、常識は之に対して否と答へることは明々白々と信じます。
始めの二日は日通ひでお見舞しましたが下宿のリイル婆さん(老ミスの姉妹二人)が『心配だから一寸でも傍について見てくれ』と曰ひ、漱石さんも『君が居てくれると嬉しい』と曰はれるので、九月九日(重陽だから暗記し易い)朝まづ領事館に行つて住居変更を届け(翌十日公使館にも同様)五月十八日迄クラパムのチエーズ八十一に滞在しました、大した御役にも立たず、ろくなお世話も出来なかつたのですが、ともかく十日ばかり同宿したのであります(領事館或は公使館に明治三十五年の日本人住居録が若し保存されてあるなら以上の日附の誤ないことが証明されませう、どうでもよいことなのですが)
其同宿の折であつたか後であつたか、故芳賀矢一先生が独乙留学の期が満ちて帰朝の途中ロンドンに来
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