閧ツゝも
有情《うじやう》の涙誘へるか。

祇園精舍の檐朽ちて
葷酒の香《か》のみ高くとも
セント、ソヒヤの塔荒れて
福音俗に媚ぶるとも
聞けや夕の鐘のうち
靈鷲橄欖いにしへの
高き、尊き法の聲。

天地[#「天地」に白丸傍点]有情《うじやう》[#「有情《うじやう》」に白丸傍点]の夕まぐれ
わが驂鸞《さんらん》の夢さめて
鳳樓いつか跡もなく
花もにほひも夕月も
うつゝは脆《もろ》き春の世や
岑上《をのへ》の霞たちきりて
縫へる仙女の綾ごろも
袖にあらしはつらくとも
「自然」の胸をゆるがして
響く微妙の樂の聲
その一音はこゝにあり。

天の莊嚴地の美麗
花かんばしく星てりて
「自然」のたくみ替らねど
わづらひ世々に絶えずして
理想の夢の消ゆるまは
たえずも響けとこしへに
地籟天籟身に兼ぬる
ゆふ入相の鐘の聲。

  荒城の月

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明治卅一年頃東京音樂學校の需に應じて作れるもの、作曲者は今も惜まるる秀才瀧廉太郎君
[#ここで字下げ終わり]

春高樓の花の宴
めぐる盃影さして
千代の松が枝わけ出でし
むかしの光いまいづこ。

秋陣營の霜の色
鳴き行く雁の數見せて
植うるつるぎに照りそひし
むかしの光今いづこ。

いま荒城のよはの月
變らぬ光たがためぞ
垣に殘るはただかづら
松に歌ふはただあらし。

天上影は變らねど
榮枯は移る世の姿
寫さんとてか今もなほ
あゝ荒城の夜半の月。



底本:「明治文學全集 58」筑摩書房
   1967(昭和42)年4月15日発行
※変体仮名は普通仮名にあらためました。
※底本では注釈番号は、対象となる語の下に付いています。
入力:門田裕志
校正:林 幸雄
2010年1月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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