半の空
流れ流るゝ谷川の
水の響はたえねども
水の行くへは替れども
覺めずやあはれなが胸に
燃ゆる思の夏の夢。

  夏夜

靜けき夏の夜半の空
遠き蛙の歌聽けば
無聲にまさるさびなれや
眠を誘ふ水の音
心しづかに流るれど
夕月山に落ち行けば
影を涵さんよしもなし。

星夜の空の薄光り
心を遠く誘ひつゝ
すゞしくそよぐ風のねは
神のかなづる玉琴に
觸れてやひゞく天の樂、
昨日の夢と悲みし
浮世の春は替はれども
見ずやとこよの春の花
散らでしぼまで大空の
星のあなたにほゝゑむを。

  光

[#ここから横組み]
[#ここから5字下げ]
“Hail, holy Light, offspring of Heaven, First−born !
 Or of the Eternal coeternal beam !”
[#ここで字下げ終わり]
[#地付き]―Milton.
[#ここで横組み終わり]

くしき天地《てんち》の靈となり
我世にありて道となり
心にありて智慧となり
迷を破り暗を逐ひ
望をおこし愛を布く
光仰ぐもたふとしや。

清くいみじく比なく
おほ空高く星に照り
下かんばしく花に笑み
虹のなゝ色ちごのため
西の夕榮老のため
染むる光のたふとしや。

高きは山か山よりも
清きは水か水よりも
露はうるはし露よりも
花はかぐはし花よりも
すぐれてくしき比なき
光仰ぐもたふとしや。

水の初めて湧くがごと
ちごの産聲擧ぐるごと
シオンの琴の震ふごと
天使の空を飛ぶがごと
とはに新たにまことなる
光仰ぐもたふとしや。

アルハ、オメガを身に兼ねて
今あり後あり昔あり
妙華花咲く池の岸
シナイ雲湧く峯の上
彌陀もエホバもとこしへの
光のうちにほゝゑみぬ。

獨り我世に許されし
光のあとを眺むるも
夜は千萬の星の色
あけぼの白く雲われて
明星のまみ閉づるとき
照るもまばゆし旭日影。

緑りしづけき峰の上
いみじくゑめるさま見れば
「神のうひご[#「うひご」に「(一)」の注記]」ぞ忍ばるゝ
「魔界の旅[#「旅」に「(二)」の注記]」の終るとき
ふたりの道にあらはれて
照らすは清き朝の波。

暮は遠やま西の山
「浮世もやすめ」夕光り
くれなゐ染めて沈むなり
かくや命の消えんとき
かくやむくろを拔け出て
魂の他界に去らんとき。

夜《よる》の黒幕たれこめて
微かに星のきらめくを

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