舌との見わけはつかぬ。ただ己の眼がだんだんあつい血の蒸気《ゆげ》にかすんで来て、しまいには苔の上から落ちていた血の滴も聞えずに、じかに打ち合う石の音ばかりするようになったのだから、もうほんとに執念深いたましい[#「たましい」に傍点]まで、どのような風が吹こうとも生き返っては来ないのだ、みんなも安心するがいい。二十年の間この山を取り巻いていた呪いの霧が、蛇の鱗のように剥《は》がれ落ちて、おおどかな梵音のひびく限りは、谷底に寝ほうけた蝦蟇《ひきがえる》まで、薄やにの目蓋《まぶた》をあけながら仏願に喰い入って来ようわ。久遠というえらそうな呪いも、二十年しかたたぬ今夜、ありがたい法力で己の爪が掻《か》きほどいてしまったのだ。(和《なご》やかなる微笑)みんなもよろこばないか。悪蛇の奴、もう血の汁も出なくなって皮ばかりにひしゃげた首を石の間に垂れているわ。(この時にわかに僧徒らの姿がいかなるかに気づけるもののごとく、容想たちまちにして忿恚《ふんい》を現わし、声調また激しく変ず)お前たちは何だ、なぜそんな風をして物を言わずに立っているのだ。己が悪霊をたたきひしいだ話をしているのに、なぜそんな、墓石か
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