きず、ただ一人で長い年月を苦しみました。なん度も失敗して、にがい涙を流しました。そのうちに、あなたたちのおとうさんと結婚して、しあわせになったので、じぶんをよくすることが、らくになりました。けれど、四人の娘ができ、貧乏になって来ると、またまたむかしのわるい欠点がでて来そうです。もともと、あたしは忍耐心がないので、娘たちがなにか不自由しているのを見ると、とてもたまらない気持になるんです。」
「まあ、おかあさん! それじゃ、なにがおかあさんを救って下すったんですか?」
「あなたのおとうさんです。おとうさんは、忍耐なさいます。どんなときも、人をうたがうことなく不平なく、いつも希望をもっておはたらきになります。おとうさんは、あたしを助けなぐさめ、娘たちの御手本になるように、教えて下すったのです。だから、あたしは娘たちのお手本になろうとしてじぶんをよくすることに努めました。」
「ああ、おかあさん。もしあたしが、おかあさんの半分もいい子になれたら本望ですわ。」
「いいえ、もっともっといい人になって下さい。今日味ったよりも、もっと大きな悲しみや後悔をしないように、全力をつくして、かんしゃくをおさえなさい。」
「あたし、やってみます。でも、あたしを助けて下さいね。あたしね、おとうさんは、とってもおやさしいけど、ときどき真顔におなりになり、指に口をあてて、おかあさんをごらんになるのを見ましたわ。そうすると、おかあさんは、いつも口をむすんで、部屋を出ていらっしゃいます。そういうとき、おとうさんに、おかあさんは、お気づかせになったんですか?」
「そうなんです。そういうふうに、助けて下さいとお頼みした[#「した」は底本では「しんだ」]んです。おとうさんは、お忘れにならないで、あのちょっとしたしぐさや、やさしいお顔つきで、あたしがきつい言葉を出しそうになるのを救って下すったのですよ。」
ジョウは、おかあさんの目に涙があふれているのを見て、いいすぎたかしらと、心配になって尋ねました。
「あたし、あんなふうにいったの、いけなかったでしょうか? でも、あたし思ったこと、おかあさんにみんないってしまうの。とてもいい気持なんですもの。」
「ええ、なんでもおっしゃい。そうやって、うちあけてくれると、おかあさんはうれしいのよ。」
「あたしは、おかあさんを悲しませたのではないかと思って。」
「いいえ、おかあさんは、おとうさんのことを話しているうちに、お留守ということ[#「こと」は底本では「ごと」]がしみじみ[#「しみじみ」は底本では「みじみ」]さびしくなり、おとうさんのおかげということを思ったりしたので。」
「だって、おかあさんは、おとうさんに従軍なさるように、おすすめになったし、出発のときもお泣きにならなかったし、留守になってからも一度もこぼしたりなさらないし、だれの助けもあてにしていらっしゃらないし。」と、ジョウは、いぶかしそうにいいました。
「あたしは、愛する御国のために、あたしの一ばん大切なものをささげたのです。どうしてぐちがいえましょう。あたしが人の助けがいらないように見えるのは、おとうさんよりも、もっといいかたがおかあさんが慰め励まして下さるからなの、それは、天国のおとうさんです。天国のおとうさんに近づけば、人の知慧や力に頼る必要はなく、平和と幸福が生れます。さ、あなたもこのおとうさんのところへいきなさい。すべての心配や悲しみや罪をもって。ちょうど、あなたがおかあさんのところへ心から信頼して来るように、」
ジョウの答えは、ただおかあさんに、しっかりすがりつくことでした。そして、だまって、心からある祈りをささげ、いかなる父や母よりも、いっそう強いやさしい愛で、すべての世の子供をむかえて下さる「おとうさん」に、近づいていくのでした。
エミイは、眠ったまま、ねがえりをうって、ため息をつきました。ジョウは、今すぐに、じぶんの過失をつぐないたいと思うためか、今までにないまじめな表情をしました。
「あたし、かんしゃくをつぎの日までもち越して、エミイを許さなかった。もしローリさんがいなかったら、とんだことになったんだわ。ああ、どうしてあたしは、こんなにいけないんでしょう?」
ジョウは、エミイの上によりかかり、枕の上のみだれ髪をなでながら、そういいましたが、それが聞えたもののように、エミイはばっちり目を開け、ほほえみをうかべて手をさし出しました。二人はなんともいいませんでしたが、毛布にへだてられながらも、しっかりと[#「しっかりと」は底本では「しっりと」]抱き合い、心こめたキスに、すべてを許し忘れてしまいました。
第九 虚栄の市
四月のある日、メグはじぶんの部屋で、いもうとたちにかこまれながら、トランクに荷物をつめこんでいました。おかあさんは、娘たちが年ごろになったら与えようと考えて、むかしのはなやかだった時代の記念品のしまってある杉箱を開けて、絹の靴下と、きれいな彫刻のある扇子と、かわいい青いかざり帯を下さいました。
あくる日は、うららかな天気で、メグはたのしい二週間の遠出に家を出ました。上流のマフォット家の客になりにいくのです。おかあさんは、あまりこの訪問をよろこびませんでしたが、メグが熱心に頼むし、サリイがよく面倒を見ると約束してくれたので、冬の間よくはたらいたごほうびの意味で許したので、メグは、上流社会の生活を味わう第一歩をふみ出したのであります。
マフォット家に客となってみると、メグはそのすばらしい家や、そこに住む人々の上品さに、気をのまれてしまいました。その生活は、軽薄でしたが、みんなが親切でしたから、らくな気持になりました。すばらしいごちそうをたべ、りっぱな馬車で乗りまわし、上等な服を着かざって、なにもせずに遊び暮すことは、たしかに、たのしいことでした。それはメグの趣味にかない、メグはその家の人たちの、会話や態度や服の着こなしや、髪のちぢらしかたなどを、まねしようと努めました。そして、金持の家の暮しのゆたかさにくらべると、貧乏なわが家の暮しが、いかにも味気なく不幸に見えて来ました。
メグは、マフォット家の、三人のわかいおじょうさんたちの気にいって、散歩、乗馬、訪問、芝居やオペラ見物、夜会など、いつもいっしょに、たのしい時間をすごしました。そして、ベルには婚約者があることがわかりましたが、メグはそれに興味をもち、ロマンチックなことに思えました。
マフォット氏は、ふとった老紳士で、メグのおとうさんを知っていました。マフォット夫人も、やはりふとった婦人で、メグをかわいがってくれ、「ひな菊さん」という名で、よんでくれました。
いよいよ、夜会があるという日、三人はみんなすばらしい服を着て、はしゃいでいるのに、メグはじぶんのポプリンの服のみすぼらしさに心がおもくなりました。それでも、服のことなど、なんとも思っていないように、三人は親切にメグにむかって、髪をゆってあげようとか、かざり帯をしめてあげようとかいいましたが、メグはその親切のなかに、じぶんの貧しさへのあわれをみてとり、いっそう心は重くなるのでした。
そこへ、女中が花のはいっている箱をもって来ました。アンニイが、
「ジョージから、ベルへ来たんだわ。」と、いいましたが、女中は、手紙をさしだしながら、
「マーチさんへと、使いの者が申しました。」と、いいました。
「まあ、すてき。どなたから? あなたに恋人があるとは知らなかったわ。」
みんなは、強い好奇心をいだきました。
「手紙は母から、花はローリイからですわ。」
「まあ、そうなの。」と、アンニイは、みょうな表情でいいました。
母からの手紙は、みじかいけれど、よい教訓でした。メグはポケットにしまいました。また、花はしずんだ[#「しずんだ」は底本では「じずんだ」]気持をひきたててくれました。その幸福な気持で、メグは、しだとばらをわずかとって、あとは気前よくわけましたので、メグのやさしさに心ひかれたようでした。メグが、みどりのしだを髪にさし、ばらの花を胸にさしたので、服はそのためにいくらかひきたって見えました。
メグは、その夜、心ゆくまでダンスをしました。みんなが親切にしてくれ、歌をうたえばいい声だとほめ、リンカーン少佐は、あの目の美しい令嬢はどなたと尋ねましたし、マフォット氏は、メグの身体にばねみたいなものがある、ぜひメグとダンスするといいました。
こうしてたのしくしていたのに、温室のなかに腰かけて、ダンスの相手がアイスクリームを持って来てくれるのを待っていたとき、うしろで話す話し声をふと聞いて、メグは気分をこわされました。
「いくつぐらいでしょう?」
「十七八かしら、」
「あの娘たちのうちの一人が、そういうことに、なったらたいしたものですよ。サリイがいってましたが、あの人たちは、このごろとても親しくしていて、それに、あの老人は娘たちに、まるで夢中になっているんですって。」
「それやマーチ夫人の計略ですよ。娘のほうではそんな気はなさそうだけど、」
そういったのは、マフォット夫人でした。
「あの子ったら、おかあさんからだなんてうそついて、花がとどいたら顔をあかくしたわ。いい服さえ着せたら、きれいになるでしょうに。木曜日にドレス貸して[#「貸して」は底本では「貸しで」]あげようといったら、あの子、気をわるくするかしら?」
「あの子、自尊心は強いけれど、モスリンのひどい服しかないのだから、気をわるくはしないでしょう。それに今晩の服をやぶくかもしれないから、貸してあげる口実になるわ。」
「そうねえ。あたしローレンスをよんで、あの子をよろこばしてあげましょう。そして、後で、からかってあげましょう。」
そこへ、ダンスの相手がもどって来ました。メグは、今のうわさ話に怒りをもやし、すぐにも家へ帰って、おかあさんに心の痛みを訴えたくなりました。
けれど、メグの自尊心は、むろんそのことを[#「ことを」は底本では「ことる」]させるわけもなく、できるだけ、ほがらかにふるまったので、だれもメグの努力に気づきませんでした。
夜会がおわると、メグはほっとしました。ベットのなかで考えていると、ほてったほおに、涙が流れました。あのおろかなうわさ話は、メグに新らしい世界を開いてくれ、古い平和の世界を根こそぎみだしてしまいました。あわれなメグは、ねぐるしい一夜をあかし、おもいまぶたの、いやな気分で床をはなれました。
その朝は、だれもぼんやりしていました。娘たちが編物をはじめる気力が出たときには、もうおひるでした。メグは、みんなが好奇心で、じぶんのことを気にしていることを知りましたが、ベルが手をやめて感傷的ないいかたで、こういったので、なにもかもわかりました。
「ねえ、ひな菊さん、木曜日の会に、あなたのお友だちのローレンスさんに招待状を出しましたの。あたしたち、お近づきになりたいし、それに、あなたに対する敬意ですからね。」
「御親切にありがとうございます。でも、あのかた、いらっしゃらないでしょう。七十に近い、お年よりですもの。」
「まあ、ずるい、あたしのいうのは、わかいかたのほうよ。」と、ベルは笑いました。
「わかいかたって、いらっしゃいませんわ。ローリイなら、ローリイなら、まだ子供で、いもうとのジョウくらいでしょう。あたしはこの八月で十七ですもの。」
「あんなりっぱな花をおくって下すって、ほんとにいい方ね。」と、アンニイが、意味ありげにいいました。
「ええ、いつでも下さるの。あたしの家のみんなに。あのかたの家に、いっぱい花があるし、あたしの家ではみんなが花がすきだからです。母とローレンスさんとはお友だちでしょう。だから、あたしたち子供同志も遊びますの。」
メグは、この話を、うちきってくれればいいと思いました。
「ひな菊さんは、まだ世間のことにうといのね。」と、クララはうなずきながら、ベルにむかっていいました。
「まるで、まだあかちゃんね。」と、ベルは肩をすぼめました。
そのとき、マフォット夫人が、レースのついた絹の服を着ては
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