いって来ました。
「あたし、これから娘たちのものを、もとめにまいりますが、みなさん御用はありませんか?」
「ございませんわ、おばさま、ありがとう。あたしは木曜日には、あたらしいピンクの絹のを着ますし。」と、サリイがいいました。
「あなた、なにお召しになるの?」と、メグにサリイが尋ねました。
「昨夜の白いのを来ますわ。ひどくさけましたが、もしうまくなおせましたら。」
「どうして、かわりを家へとりにおやりにならないの?」と、気のきかないサリイがいいました。
「かわりなんか、あたしありませんわ。」
やっとメグがいったのに、サリイは人のよさそうな、びっくりしたふうで、
「あれっきり、まあ、」と、いいかけましたが、ベルは頭をふって、サリイの言葉をさえぎってやさしくいいました。
「ちっともおかしくないわ。まだ社交界に出ていないのに、たくさんドレスこしらえておく必要ないわ。ひな菊さん、いく枚あっても、お家へとりにいかせなくてもいいわ。あたしの小さくなった、かわいい青色の絹のが、しまってありますから、あれを着てちょうだいな。」
「ありがとうございます。でも、あたしみたいな子供には、この前のでたくさんですわ。」
「そんなことおっしゃらないで、あなたをきれいにしてみたいの。だれにも見せないように仕度してシンデレラ姫みたいに、ふたりでふいに出ていって、みんなをおどろかしたいの。」と、ベルは笑いながら、けれど、あたたかい気持ですすめるので、目雲それをこばむことはできませんでした。
木曜日の夕方、ベルと女中で、メグを美しい貴婦人にしあげました。髪をカールし、いい香りの白粉をぬりこみ、唇にさんご色の口紅をぬり、空色のドレスを着せ、腕環、首かざり、ブローチなど、装身具でかざりたてました。美しい肩はあらわに、胸にばらの花はあかく、ベルも女中も、ほれぼれと[#「ほれぼれと」は底本では「ほればれと」]ながめました。
「さあ、みんなに見せてあげましょう。」と、ベル[#「ベル」は底本では「べる」]は、ほかの人たちのつめかけている部屋へ、メグをつれていきました。
メグは、ハイヒールの青い絹の舞踏靴をはき、長いスカートをひきずり、胸をわくわくさせながら歩いていきました。鏡がかわいい美人だと、メグにはっきり教えてくれたので、メグはかねての望みがかなえられた満足を味わい、じぶんから進んで、美しさを、見せびらかそうとさえしました。ベルは、ナンとクララにむかって、
「あたしが、着かえて来る間に、ナン、あなたは裾さばきと、靴のふみかたを教えてあげてね。ふみちがえてつまずくといけないから、それから、クララ、あなたの銀のちょうちょを、まんなかにさして髪の左がわのカールをとめてあげてちょうだい[#「ちょうだい」は底本では「ようだい」]。あたしのつくった、すてきな作品をだめにしちゃいやよ。」と、いって、じぶんの成功に、さも満足らしい顔つきで、いそいで出ていきました。
ベルが鳴りひびき、マフォット夫人が、使いをよこして、娘たちにすぐ来るように、告げたとき、メグはサリイに、ささやきました。
「あたし、階下へいくのこわいわ。なんだか、とてもへんな、きゅうくつな気持で、それに半分、はだかみたいで。」
「とてもきれいだからいいわ。あたし[#「いいわ。あたし」は底本では「いいわあ。たし」]なんかとてもくらべものにならない。ベルの趣味はすてき、ただつまずかないようにね。」
心のなかにその注意をたたみこんで、メグは無事に階段をおり、客間へ、しずかにはいっていきました。メグは、たちまちみんなの目をひきつけ[#「ひきつけ」は底本では「ひさつけ」]、この前の夜会のときと、まるでちがって、わかい紳士たちが、ちやほやして、いろいろ気にいるようなことを話しかけました。ソファに腰かけて、他人の品定めをしていた数人の老婦人たちは、メグに興味をもち、なかの一人がマフォット夫人に身もとを尋ねました。
「ひな菊マーチです。父は陸軍大佐で、あたしどもとおなじ一流の家がらですが、破産しましてね、ローレンスさんと親しいんです。家のネッドはあの子に夢中なんですよ。」
「おや、そうなんですの。」と、その老婦人はもっとよく見ようとして眼鏡をかけました。
メグは、聞えないふりをしましたが、夫人のでたらめにはあきれました。けれど、その妙な気持を心のすみにおしつけ、笑いをたたえて、貴婦人らしくふるまっていました。ところがメグの顔からきゅうに笑いがきえました。正面にローリイの姿を見たからで、その目はじぶんを非難しているではありませんか。ローリイは、笑っておじぎをしましたが、メグはこんな姿でなくじぶんの服を着ていればよかったと思いました。メグは、そばへいき、
「よくいらっしゃいました。お出でにならないと思っていました。」
「ジョウが、ぜひいって、あなたのようすを見て来てほしいというので来たんです。」
「ジョウに、なんておっしゃるつもり?」
「どこの人だかわからなかったといいます。だって、まるで大人みたいで、あなたらしくないんですもの。」
「みんなでこんななりにさせたの、あたしもちょっとしてみたかったけど。ジョウびっくりするでしょうね? あなたもこんなの、おいや?」
「ぼく、いやです。わざとらしく、かざりたてたの、いやです。」
年下の少年からいわれた言葉としては、あまりにするどく、メグはふきげんになって、
「あなたみたいな、失礼な人、知らないわ。」と、いって、そこを去り、窓ぎわへいってたたずみ[#「たたずみ」は底本では「たにずみ」]、きゅうくつなドレスのために、ほてったほおを夜気にひやしました。大好きなワルツの曲がはじまっても、そのままでいると、ローリイが来て、ていねいに手をさしのべました。
「失礼なこといって、お許し下さい。いっしょに踊って下さい。」
「お気持をわるくするとこまります。」
「いいえ、ちっとも、ぼくダンスしたいのです。そのドレスは好きじゃないけど、あなたはほんとうに、すてきです。」
メグは、にっこり笑って気持をやわらげ、二人は音楽に合せておどりはじめました。
「ローリイ、あたしのお願い聞いてね、家へ帰ってもあたしのドレスのこといわないでね、家の人々は、じょうだんがわからないし、おかあさんには心配させるから。」
「どうしてそんなものを着たんです?」
ローリイの目がなじっていました。
「どんなに馬鹿だったか、自分でお母さんにいうから、あなたいわないでよ。」
「いわないと約束します。でもきかれたらどういいましょう!」
「あたしがきれいで、たのしそうだったとだけ、いってちょうだい。」
「きれいだけど、さあ、たのしそうかしら? たのしそうに見えない。」
「ええ、たのしくないの。おもしろいことしてみたかったけど、やっぱり性にあわないわ。あきてしまうわ。」
このとき、マフォット家の若主人のネッドが来たので、ローリイは顔をしかめました。
「あの人、あたしに三回もダンスを申しこんでいるの。だから来たんでしょう。」
メグがいかにもいやそうにいうので、ローリイは、これはおもしろいと思いました。
ローリイは、それっきり夕飯のときまで、メグと話しませんでした。食事のとき、ネッドとその友達のフィッシャアを相手に、メグがシャンペン酒を飲むのを見たローリイは、だまっていられませんでした。
「そんなもの飲むと、明日、頭痛がしますよ。ぼくは飲みません。おかあさんだって[#「だって」は底本では「たって」]、お気にいらないでしょう。」
ローリイは、ネッドとフィッシャアに聞かれないように、メグによりそって、そうささやきました。
「今夜は、あたし気ちがいみたいなお人形なの。明日からはいい子になるわ。」
「それじゃ、明日もここにいたいんですね。」
ローリイに、ついとはなれて立ち去りました。
メグは、踊ったり、ふざけたり、しゃべったり、ローリイがあきれるほど、はしゃぎました。帰りがけに、ローリイがあいさつに来ると、メグは、もう頭痛になやまされていましたが、
「いいこと! 頼んだこと忘れないでね。」と、むりに笑顔をつくっていいました。
「死をもっての沈黙」と、ローリイは、フランス語で、芝居がかりで答えて立ち去りました。
メグは、もう疲れきっていました。わびしい気分で床にはいりましたが、あくる日も一日気分がわるく、土曜日になって、二週間の遊びと、ぜいたくざんまい[#「ざんまい」は底本では「さんまい」]にあきあきして家へ帰って来ました。
日曜日の晩、メグはおかあさんとくつろいだとき、あちこち見まわしながら、
「年中、お客さわぎなどいやだわ。しずかに暮すのたのしいわ。りっぱでなくても、じぶん[#「じぶん」は底本では「じぶ」]の家が一ばんいいわ。」と、のびのびした表情でいいました。
「そう聞いてかあさんはうれしい。あなたがりっぱなところへいったので、家がつまらなく[#「つまらなく」は底本では「つまちなく」]、みじめに見えやしないかと、心配していたのよ。」と、おかあさんの目の、気づかわしそうな影が消えました。
メグは、おもしろそうに、いろいろの冒険を話しました。けれど、心の中になにかおもくるしいものがあるらしく、九時がうってジョウがねようといい出したとき、メグは[#「メグは」は底本では「メグに」]思いきったというふうに
「おかあさん、あたし白状することがありますの。」
「そうだと思っていました。どんなこと!」
「あたし、むこうへいきましょうか?」と、ジョウが気をきかしていいました。
「いいえ、いて。なんでもあなたには、うち明けてるじゃないの。いもうとたちの前では、はずかしいけど、あなたには、あたしのした、あさましいこと、すっかり聞いてほしいわ。」
「さあ、聞きましょうね。」と、おかあさん[#「おかあさん」は底本では「あかあさん」]は、にこにこしながらも、すこし心配そうでした。
「みんなで、あたしをかざりたてたことは、お話しましたが、髪をカールしたり、白粉をぬったり、ドレスを着せたりしたこと、まだ話しませんでしたね。ローリイは、正気の沙汰ではないと思ったでしょう。あたしは、お人形のようだとか、美人だとかおだてられました。つまらないこと[#「こと」は底本では「と」]とはわかっていながら、おもちゃになりました。」
「それっきり?」と、ジョウがいいました。
「まだ、あるの。シャンペンを飲んだり、ふざけたり、はねまわったり、けがらわしいことばかり」と、メグは自責の念に堪えられないようでした。
「もっと、なにかあったでしょう?」と、おかあさんが、やさしくメグのほおをなでながらいいました。
「ええ、とてもばかげたことなの。だって、みんながあたしとローリイのこと、あんなふうにいったり考えたりするのんですもの。」
メグは、マフォット家で聞かされたいろんなうわさ話をしました。おかあさんは、こんな考えを純真なメグの心につぎこんだことを不快に思って、唇をぎゅっとむすんでいました。ジョウは、怒ってさけびました。
「そんなばかなこと、あたし聞いたことがないわ。なぜおねえさんは、その場でいってやらなかったの?」
「あたしにはできなかったの。でもあんまりひどいので、しゃくにさわるし、はずかしいし、帰って来なければならないのに、帰るのも忘れてしまって。」
「あたしたちのような貧乏人の子供について、そんなつまらぬうわさ話をしていることを、ローリイに話したら、きっとどなりつけるでしょうね。」
「ローリイにそんなこといったら、いけませんわ。ねえ、おかあさん。」
おかあさんは、まじめな顔でいいました。
「いけません。ばかなうわさ話は、二度と口にしてはいけません。できるだけ早く忘れることです。あなたをいかせたのは、おかあさんの失敗でした。親切なんでしょうが、下品で、教養があさく、わかい人たちにいやしい考えを持たせる連中ですからね。メグ、今度の訪問があなたにわるい影響があるようなら、かあさんは残念です。」
「御心配下さらないで。あたしは、自分のいけなかった[#「なかった」は底本で
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