「とても、いいニュース。明日の晩、来てほしいという、ガーデイナアのおくさんの正式招待状よ。」と、メグはその手紙を嬉しそうに読みました。
「大晦日の晩に、小宅で舞踏会を催します。ミス・マーチ、ミス・ジョセフィン、お二人とも御光栄下されたく存じます。ガーデイナア夫人――おかあさんはいってもいいって。だけど、あたしなにを着ていこうかしら?」
「そんなこと、きいたってだめよ。ポプリンの服しかないんだから、あれを着ていくほかないの知ってるくせに。」と、ジョウは、林檎を口いっぱいほおばっていいました。
さあ、それから、メグは、絹の服があればいいとか、手袋のいいのがないとか、くよくよと、こだわってばかりいましたが、ジョウは服に焼けこがしがあるけど、平気が着ていくし、手袋なしですますつもりでした。ジョウにとっては、そんなことたいして心わずらすことではありませんでした。
「あたしのことは心配しないでいいわ。できるだけ、おすましして、しくじらないように気をつけるわ。それでは返事を出しなさいよ。」
そこで、メグは、服の用意にとりかかるために出ていき、ジョウは、なおしばらく林檎を[#「林檎を」は底本では「林檎をを」]かじって本を読んでいきました。
大晦日の晩は、客間はからっぽでした。二人の妹は、着付役にまわり、二人の姉は、夜会のお仕度という、きわめて重要なお仕事に夢中でした。化粧はかんたんでも、二階へかけあがったり、かけおりたり、笑ったりしゃべったり大さわぎで、メグが額の上にすこし捲髪がほしかったので、ジョウがこてで焼いたら、つよい髪の焼けるにおいが家中にただよいました。その失敗に、メグは泣きだすしジョウは心苦しそうでした。このほか、小さい失敗は、かず知れず、それでもやっと二人の仕度はできあがりました。メグは、銀褐色の服、空色ビロウドの、リボンに、レースのふち飾り、そして、真珠のピンをさしました。ジョウは、海老茶色の服に、かたい、男のするようなカラア、それに白菊を飾りにしただけでしたが、ともかく、二人ともすっきりとしていました。二人とも、きれいな手袋を片方ずつはめ、よごれた方をもちました。苦心のお仕度でありました。
姉妹が、すまして歩道へ出ると、おかあさんは、
「いってらっしゃい、お夜食はたくさん食べちゃいけませんよ。ハンナを十一時に、お迎えにあげるから、帰っていらっしゃい。」と、いって、窓をしめましたが、すぐに、また、
「もしもし、二人ともきれいなハンカチもっていますか?」と、念をおしました。
「ええ、まっ白よ、ねえさんはコロン水もかけました。」と、ジョウは答えました。
二人は、カーデナア夫人の家にいくと、その化粧室で、かなり長いあいだ鏡をのぞいてから、すこしびくびくしながら、階下におりていきました。二人は、めったに舞踏会などに招待されたことがないので、今晩の会は略式でも、二人にとっては大きな事件でした。
りっぱな老夫人カーデイナア夫人は、にこやかに二人を迎えてくれ、六人の娘のなかの長女に二人を渡しました。メグはサーリーさんを知っていたので、すぐに親しく話し出しましたが、女の子らしいおしゃべりに興味をもたないジョウは、服に焼けこがしがあるので、用心ぶかく壁をせにして立っていました。部屋のむこうで、快活な五六人の男の子が、スケートの話をしていたので、ジョウはそこへいってもいいかと、メグに合図をしましたが、メグの眉がおどろくほどあがったので、動くことができませんでした。しかたなしに、ジョウは、ただ一人とりのこされ、ダンスがはじまるまで、人々をながめているばかりでした。
ダンスがはじまると、メグはすぐに相手ができて、にこにこして踊りましたが、きゅうくつな靴の痛さをがまんしていることは、だれにも気がつかれませんでした。ジョウは、髪の毛の赤い青年がやってくるのを見て、ダンスを申込まれては大へんだと思い、いそいでカーテンのかげに入ると、そこには、はにかみ屋さんの「ローレンスのぼっちゃん」がいました。ジョウは、さっそく、クリスマスのプレゼントのお礼をいいますと、
「あれは、おじいさんのプレゼントです。」
「でも、おじいさんにおっしゃったのは、あなたでしょう?」
ぼっちゃんは笑っていました。それから、いろいろ話しているうちに、ジョウは、このぼっちゃんが、ローリイという名で、長いあいだ、外国にいたことを知りました。
「まあ、外国へ、あたしは旅行の話を聞くのは大好き!」
ローリイは、どう話したらいいかわからないようでしたが、ジョウが熱心にいろいろ質問したのでエヴェの学校のことや、この前の冬、パリイにいた話をしました。ジョウは、めずらしい外国の話にたまらなくなって、
「ああ、いってみたい!」と、いいました。
それから、話はフランス語のことになり、ジョウが、じぶんは読めてもしゃべれないだけれど、ちょっと話してみてほしいといいますと、ローリイは、フランス語でいいました。
「あのかわいいスリッパはいた人はだれですか?」
ジョウは、わかったので、すぐに答えました。
「あれは姉のマーガレットです。あなたは、わたしのねえさんをかわいいと思いますか?」
「ええ、おねえさんは、なんとなくドイツの少女を思わせます。いきいきして、それでしとやかで、りっぱな淑女みたいに踊りますね。」
ジョウは、姉をほめられてうれしく、ぜひメグに話してやろうと思いました。ローリイは、もうすっかりはにかみもせず、心を開いて話し、ジョウも、今は服のことなど忘れて、快活ないつものジョウになり、ローリイが好きになりました。それで、ローリイのことを、姉妹に話してやるために、顔かたちや身体つきなどをよく憶えておこうと思っていくども見なおしました。けれど、年はいくつでしょう? ジョウは、おいくつといいそうにしましたが、やっとこらえて、遠まわしに尋ねることにしました。
「もうじき大学へいらっしゃるんでしょう?」
「まだ二三年はだめです。十七にならなくてはいけません。」
「では、まだ十五ですか?」
「来月、十六です。」
「あたしは大学へいきたいけれど、あなたはいきたそうではありませんのね。」
「ぼくはいやです。ぼくはイタリイに住んでじぶんの好きなように暮したい。」
ジョウは、ローリイのいう、その好きなように暮したいということを、くわしく聞きたいと思いましたが、眉をひそめてふきげんに見えたので、気をかえさせようと思って、足拍子をとりながら、
「ああ、いいポルカね。あなたなぜいってダンスなさらないの?」と、尋ねました。
「あなたもいけば。」
「あたしはだめ。あたし姉さんに踊らないといったの、なぜって、いうと……」
ジョウが、いおうか、笑ってすまそうかとしていると、ローリイは、しきりにわけを尋ねます。だれにもいわないならばと念をおして、
「服にやけこがしがあるんです。あたしわるいくせがあって、よくやけこがしするの。」
ローリイは笑いませんでした。
「そんなこと平気ですよ。それじゃ、あっちの細長い広間で踊りましょう。だれにも見られないから。」
ジョウは感謝して、よろこんでついていき、だれもいない、その広間で、ポルカを踊りました。ローリイは、ダンスがじょうずで、ドイツ流を教えてくれたが、まわったりはねたりすることが多いのでおもしろく踊れました。音楽がやむと、二人は階段にやすんで話しましたが、つぎの部屋でメグが手まねきしたので、ジョウがしぶしぶいってみると、メグは足をかかえ、青い顔をしてソファにすわっていました。
「高いかかとがひっくりかえって、くるぶしをひどくいためたの。痛くて立てそうもないわ。どうやって家へ帰ろうかしら?」
ジョウは姉のくるぶしをそっとなでてやりながら、
「あんまりかかとが高いから、けがすると思ったわ。お気のどくね。だけど、どうしたらいいでしょう。馬車を頼むか、ここに夜通しいるか。」と、こまった顔をしました。
「馬車を頼めば高いし、頼みにいってもらう人もいないし、ここへはとめてもらえないし、あたしハンナが来たら、なんとか考えるわ。あら、みんな夜食にいくわ。あなたもいって、あたしにコーヒーもらって来てよ。あたし疲れて動けないわ。」
ジョウは、いそいでいきましたが、あちこち部屋をまちがえて、やっと食堂にはいり、コーヒー茶わんに手をかけたとたん、こぼして服の前をよごしてしまいました。それを、あわてて手袋でこすったので、手袋もよごしてしまいました。
「お手伝いしましょう。」
親しみのある声がしました。それは片手にコーヒー茶わん、片手にアイスクリームの皿をもったローリイでした。
「あたしねえさんのところへ、コーヒーをもっていこうとしましたら、また、やりそこないましたの。」
「ちょうどいい。わたし[#「わたし」は底本では「たわし」]がもっていってあげましょう。」
ジョウがさきにいきました。ローリイは、なれたものごしで、コーヒーとアイスクリームを、メグにすすめ、ジョウのために、もう一度とりにいってくれました。三人が、しばらく話しているうちにハンナが来ました。メグはびっこをひきひき帰り支度をしに二階へいきました。そのあいだに、ジョウは玄関へいって、下男らしい人に、馬車をやとうことを頼みましたが、その人はその日だけやとわれた下男で、近所のことは知りませんでした。すると、ローリイが聞きつけて来ていいました。
「どうか送らせて下さい。道はおなじですし、それに雨もふっています。」
ローリイは、じぶんを迎えに来たおじいさんの馬車に、メグとジョウとハンナをのせました。みんなは、ぜいだくな箱馬車にのって、たのしい、ゆたかな気持にひたりながら帰りました。ローリイは馭者台にのったので、メグは痛い足を前に出すことができ、姉妹は気がねなしに話をすることができました。
「あたし、とてもおもしろかったわ。」と、ジョウは髪をかきあげながらいいました。
「あたしもよ、けがするまでは、サーリイさんのお友だちの、マフォットさんという方と仲よしになったのよ。サーリイさんと一週間とまりがけで来るようにといって下すったわ。サーリイさんは、春になってオペラがはじまるといらっしゃるんですって。あたしおかあさんがいかして下さるといいけど。」
メグは元気づきながらいいました。
「おねえさんは、あたしがにげ出したあの赤い髪の人と踊ったのね、あの人、いい人だった?」
「ええ、髪はとび色よ。ていねいな方で、あたし気持よく踊ったわ。」
「あの人、足を出すとき、ひきつった、きりぎりすみたいだったわ。ローリイさんとあたし笑ってしまったわ。あたしたちの笑うの聞えなかった?」
「いいえ、それやぶしつけだわ。あなたたち、そこにかくれて、なにしてたの?」
ジョウは、そこでじぶんたちのやったことを話しました。その話がおわったとき、馬車は家へつきました。姉妹は、あつくお礼をのべて馬車をおり、そっと家へはいりましたが、扉の音で二つの小さな頭がうごき、ねむそうな、けれど熱心な[#「熱心な」は底本では「熱心が」]声がしました。
「ねえ、会の話をしてよ?」
ジョウは、メグのいう、ひどいお作法をやって、妹たちにボンボンをもってきてやりました。妹たちはそれをもらい、その夜の胸のわくわくするような話を聞いて、まもなく寝入ってしまいました。メグは、ジョウは、薬をぬってほうたいをしてもらいながら、
「馬車で夜会から帰り、ねま着のまますわって、女中に世話してもらって、りっぱな貴婦人みたいだわ。」と、いいました。
「あたしたちは、髪の毛をやいたり、服が古かったり、手袋が片方だけだったり、きつい靴をはいてくるぶしをくじいたり、とんまのまぬけだけどね[#「だけどね」は底本では「だけねど」]、たのしかったわねえ。」と、ジョウがいいましたがほんとにそのとおりだったのです。
第四 重い荷をかついで
「やれやれ、またお荷物かついで仕事をはじめるの、なんてつらいんでしょう。」
会のあくる朝、メグはため息をつきました。一週間たのしく遊んだあとで、いやな
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