と、ジョンは、メグの手を握りしめ、愛情をこめて見るので、メグは
「いいえ、いいえ、どうぞおっしゃらないで。」と、やはりこわそうに手をひっこめようとしました。
「ごめいわくはかけません。すこしでもぼくに好意を持って下さるかどうか知りたいだけです。ぼくは心からあなたを愛しています。」
さあ、今こそおちついて、例の文句をいうべきでしたが、すべて忘れ、うなだれて、わかりませんわと答えただけで、それもあまりにひくかったので、ジョンは聞きとるために身をかがめなければなりませんでした。そして、ジョンは、すこしぐらいめいわくをかけてもいいと思ったらしく、満足そうに、
「ぼく、いつか報いられるかどうか、うかがいたいのです。そうでないと仕事もできません。」と、いいました。
「でも、わたしまだわかすぎますから。」
「ぼくは待っています。そのうちに、ぼくを好きになるようになって下さい。ぼくは教えてあげたいのです。これはドイツ語よりやさしいのです。」
ジョンは、懇願するようでしたが、一面、なんとなく、たのしそうで、成功をうたがわぬというような満足そうなほほえみさえうかべていました。メグは、アンニイ・マフォットのことを思いうかべ処女の優越感から気まぐれな気持にかられ、
「わたし、そんな気持になれませんわ。どうぞお帰り下さい。」と、いってしまいました。それを聞いたジョンは、メグのそのふきげんにおどろき、
「本気でそうおっしゃるのですか?」と、部屋から立ち去ろうとするメグを追って、心配そうに尋ねました。
「ええ、あたし、そんなことで気をもみたくありませんわ。父も気にかけないようにといいました。早すぎますし、そんな気になれませんわ。」
「あなたのお気持がかわって来てほしいものです。ぼくは待っています。ぼくをからかわないで下さい。」
「あたしのことなんか考えないで下さい。そのほうが、あたし、けっこうなのです。」
メグは、恋人の忍耐とじぶんの力を試そうとする気味のわるい満足を味わいながらいいました。ジョンは、青い顔になり、いかにもなやましそうでした。この興味ふかい場面に、マーチおばさんが、びっこをひきながらはいって来なかったら、そのつぎにはどんなことが起ったでしょう?
マーチおばさんは、ローリイからマーチ氏が帰宅したことを聞くと、すぐさま甥にあいに馬車をのりつけました。びっくりさせるために案内も乞わずにはいって来ましたが、たしかにメグとジョンはおどろき、メグはとびあがり、ジョンは書斎へ逃げこもうとしました。
「おや、まあ、これはいったい、なにごとですかい?」と、老婦人は杖で床をたたき、二人がそこにいたのをあやしみました。
「あの、おとうさんのお友だちですの。」
「その男が、お前さんの顔をなぜあかくさせたかね? なにかまずいことでもあったね。」
「ただお話ししただけです。ブルックさんは、こうもりがさをとりにいらしたのです。」
「ほう、ブルック、あの子の家庭教師がね? ああ、わかりました。ジョウがおとうさんのことづけをいいに来たとき、まちがえて口をすべらしたのを聞いた。お前さんは、承知しはしないだろうね?」
「しっ! 聞えますわ、おかあさんをよんでまいりましょうか?」
「まだいい。お前にいうことがあります。お前がその男と結婚する気なら、わたしはびた一文もあげないからね、よくおぼえておき、そして、りこうにおなりよ。」
老婦人は、どんなにやさしい人にも反抗心を起させる人で、今もメグは、強制的にそういわれると愛情と片意地で、ジョンを好きになろうと思い、いつになく強気で、
「あたしは、好きな人と結婚します、お金はあなたの好きな方にあげて下さいませ。」
「なんですって! そんな口のききかたをして、今に貧乏人との恋にあきて後悔しますよ。」
「お金持と、愛のない結婚するよりましですわ。」と、メグはゆずっていません。
老婦人は、メグがこんなことをいい出したのでおどろき、今度はやわらかに説き伏せるつもりで、
「わたしは親切からいうんです。お前さんはりっぱな結婚をして家の者を助けなければならないのです。」
「いいえ。両親ともそんなこと考えません。両親ともジョンが好きです。貧乏ですけれど。」
「お前さんの両親は、世間知らずのねんねだからね。そのブルックとやらは、貧乏で、金持の親類もないそうだね。」
「でも、親切な友だちがたくさんいますわ。」
「友だちがなんの力になるものか[#「ものか」は底本では「ものが」]、それに、その男には職業もないんでしょう?」
「まだ、ありません。ローレンスさまがお世話して下さいます。」
「あんな変物が頼みになるものかね。とにかくお前はもうすこしりこうだと思っていたが。」
「ブルックさんは、りっぱなかたです。かしこいし、才能もありますし、勇気もおありになります。わたしのこと思って下さるのを、わたしは誇りにしています。」
「あの男は、お前に金持の親類があるから、それでお前を好きになったんだよ。」
「まあ、どうしてそんなことおっしゃるんですか? わたしは、どうしても、あのかたと結婚します。」
メグは、そこまでいって、もしかジョンに聞かれたらと思って、はっとして言葉をきりましたが、マーチおばさんはたいそう怒って、
「よろしい、強情だね、あたしは、もうお前のおとうさんにあう気力もない。結婚したからって、あたしからなにかもらうなんて考えたってだめです。永久におさらばだよ。」と、おそろしい顔つきで帰っていきました。のこったメグが、ぼんやりつっ立っていると、ジョンが来て、
「メグ、ぼくのこと弁護して下すってありがとう。それから、おばさんにはあなたがわずかにしろぼくのこと愛して下さることを証明して下さったお礼をいいますよ。」
「おばさんが、あなたのわる口をいい出すまでは、どんなにあなたを思っていたか、わたしにもわかりませんでしたわ。」
「では、ぼく帰らないで、ここにいて幸福になれますね、え?」と、ジョンがいいましたが、ここでもつんとすまして立ち去るわけでしたが、メグは、ええとやさしくささやいて、ジョンの胸に顔をうずめ、ジョウの手前、永久に頭のあがらぬことになってしまいました。
十五分ほどして、ジョウが二階からおりて来て、予期しなかった変化におどろき、まるで息の根がとまるほどでした。しかも、ジョンは、ぼくたちを祝って下さいというではありませんか。ジョウは悲痛なさけびとともにとび出し二階へかけあがり、
「ああ、たれか早く階下へいって下さい。ジョンがおかしなまねをして、おねえさんがよろこんでいるわよ!」
おとうさんと、おかあさんは、いそいで階下へいきました。ジョウは、ベスとエミイにおそろしいニュースを聞かせながら、ののしりわめきましたが、二人ともむしろそれをうれしいニュースと考えていたので、ジョウはじぶんの屋根部屋へいき、そのなやみをねずみたちにうち明けました。
その日の午後、客間でなにがあったか、だれも知りませんでした。けれど、いろいろの話がかわされ、おとなしいジョンが、じぶんの望みや計画を非常な熱心さで話したことは、たしかでありました。
夕飯のベルが鳴り、みんなが食卓についたとき、ジョンとメグは、この上もなくたのしそうに見えたので、もうジョウも、さっぱりと、じぶんの感情を流し、二人を祝福する気持になりました。むろん、エミイもベスも、心からよろこび、エミイは二人をスケッチしようと思いたちました。この古ぼけた部屋にこの一家の、最初のロマンスが、まばゆいばかりかがやき出し、たいしたごちそうはありませんでしたが、それはそれはたのしい食事でありました。
おかあさんがいいました。
「今年は悲しみをおいかけるように、よろこびがやって来る年らしいですが、その変化がはじまったようです。でも、すべてうまくいきそうで、けっこうです。」
「来年は、もっといい年になればいいと思います。」と、ジョウにはメグをうばわれたことは、いい年とは思えませんでした。
「ぼくは、さ来年が、もっといい年になってほしいと思います。ぼくの計画が進んでいけば、きっとそうなります。」と、ジョンがメグにほほえみかけながら、そういうと、結婚の日が早く来ればいいと待ち遠しく思っているエミイが尋ねました。
「待ち遠しくありません?」
「勉強することがありますから、みじかいくらいですわ。」と、メグが答えました。
「あなたは、ただ待っていて下さればいいんです。はたらくのはぼくがやります。」と、いって、かれは仕事の手はじめとして、メグのナプキンをひろってやりました。
それを見てジョウは、気にくわなかったのですが、そのとき、玄関の扉がばたんと開いたので、
「ローリイだわ、これでやっと気のきいた話ができそうだわ。」と考えましたが、ローリイが来たときすっかりあてがはずれたことがわかりました。というのは、この事件のすべてがじぶんの考えで成立したというような、あやまった考えを起して、ジョン・ブルック夫人のために、結婚式用の大きな花束をかかえて来たからです。
「ぼくは、ブルック先生が、じぶんの考えどおりになさることがわかっていました。いつだって、そうなんです。やりとげようと決心なさると、空がおちて来ようと、やりとげておしまいになります。」とローリイは、花束とお祝いの言葉とをささげながらいいました。
「おほめにあずかって恐れいります。ぼくはそれを未来のよい前ぶれとしてお受けいたします。そして、ぼくたちの結婚式には、あなたを招待することをきめましょう。」
「地球の果てからでもまいります。そのときのジョウの顔を見るだけでも、大旅行して来るねうちがあります。きみは、うれしそうな顔をしていませんね。どうしたの?」と、客間のすみのほうへいくジョウの後についていきました。みんなは、ローレンス氏を迎えるために、そこへ集っていきました。
「あたし、この結婚に不賛成だけど、がまんすることにしたら、一言も反対はいわない。だけど、メグをやってしまうの、どんなにつらいか、あなたにはわからないわ。」と、いったジョウの声はかすかにふるえていました。
「やってしまうんじゃない。半分だけのこることになる。」
「ううん、もとのとおりにはならない、あたしは一ばん大切な友だちをなくしたのよ。」
「だけど、ぼくがいる。たいしてやくにたたないけど、一生きみの味方をする!」
「それや、わかってるわ。ありがたいと思うわ。ローリイ、あなた、いつだって、あたしをなぐさめてくれたわね。」と、ジョウは感謝をこめてローリイの手をにぎりました。
「さあ、いい子だから、うかぬ顔をするのおよし。メグさんは幸福になるし、ブルック先生は就職なさるし、おじいさまはよくめんどうを見てあげる、メグがいっちまったら、ぼくも大学を卒業するしそしたら、いっしょに外国を漫遊するか、どこかへすてきな旅行をしよう。なぐさめになるよ。」
「そりゃ、いいなぐさめねえ、でも、三年のあいだに、どうなるかわからないわ。」
「そりゃそうだが、きみは未来をのぞいて、ぼくたちがどうなるか見たかない?」
「あたし、見たくないわ、なにか悲しいことが見えるかもしれないもの。今はみんな幸福だけど、これ以上、幸福になれると思わないわ。」
ジョウは、そういって部屋を見まわしましたが、かがやくばかりにたのしそうなありさまに、ジョウの目もかがやきました。
おとうさんとおかあさんは、二十年前にはじめられたじぶんたちのロマンスの第一章を、心しずかによみがえらしてすわっていました。エミイは、二人の恋人がみんなからはなれて、じぶんたちだけの美しい世界にすわっているすがたを写生していました。ベスは、ソファに横になって、ローレンス老人とたのしそうに語っていました。老人は、ベスの手をにぎりしめ、その小さい手がじぶんを、彼女の歩いて来た平和な道にみちびいてくれるような気がしていました。
ジョウは、彼女らしい、きりっとしたしずかな表情で、ひくいイスによりかかり、ローリイはそのイスのせにもたれ、あごを彼女のちぢれ毛の頭とならべ、二人をうつしている
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